新書嫁レビュー
戦場で死んだ兵士の多くは、敵に撃たれたのではなかった
2026-07-26
戦争で死ぬとは、戦って倒れることだと思っていた
戦場で命を落とすというとき、頭に浮かぶのは銃弾に倒れ、戦闘のなかで散る兵士の姿でした。教科書や映画が描く戦死とは、敵と撃ち合った末の死だと信じて疑わなかったのです。けれど、戦争を伝える言葉が「英雄的」であればあるほど、その裏で実際に何が起きていたのかが見えてこず、どこか実感のともなわない居心地の悪さがありました。語られ方と現実のあいだに、埋まらない隙間があるように感じていたのです。毎年八月になると戦争を悼む言葉に触れるのに、自分はその死の実態を何も知らないまま手を合わせている。その後ろめたさのような感覚が、いつまでも消えませんでした。この本を読んで、その隙間の正体がわかりました。多くの兵士は、敵に撃たれて死んだのではなかったのです。
吉田裕著『日本軍兵士 アジア・太平洋戦争の現実』はこちらから読めます。
死因の多くは、餓死と病だった
本書が膨大な史料から描き出すのは、戦死よりも戦病死、とりわけ餓死が大きな比重を占めていたという現実です。本書では、死者のおよそ六割が戦闘そのものではなく、栄養失調による餓死やマラリアなどの病で亡くなったとされています。輸送船が撃沈されて海に没した三十万人を超える海没死、戦場での自殺と「処置」と呼ばれた行為、特攻、そして軍靴に鮫の皮まで使わざるをえなかったほどの物資の欠乏。本書は、勇猛と語られてきた日本兵が、補給を軽んじ精神論に頼る特異な軍事思想のもとで、いかに凄惨な体験を強いられたかを、上からの視点ではなく一兵卒の目線から丹念に積み上げていきます。読者からも「事実を記録とともに丹念に積み上げた努力は、新書といえども秀逸」という声が寄せられています。その一つひとつの現実は、本書で確かめてみてください。
戦争の語られ方を、疑うようになった
この本を読む前の私は、戦争の話を勇敢さや悲劇の物語として受け取り、そこで完結させていました。慰霊の式典で「英霊」という言葉を聞いても、その死がどんなものだったかまでは想像が及ばず、ただ頭を下げて終わっていたのです。映画で描かれる戦死の場面も、悲しくはあっても、どこか美しく整えられたものとして眺めていました。けれど読み終えたいま、戦争にまつわる言葉に触れると「この死の中身は何だったのか」と一歩踏み込んで考えるようになりました。飢えて動けなくなった兵士、薬もなく病に倒れた兵士の姿が、言葉の奥に浮かぶようになったのです。祖父母世代の戦争体験を聞く機会があれば、勇ましい武勇伝の奥にある飢えや病のことにも耳を傾けたい。そう思えるようになっただけで、八月の街に流れる戦争の記憶が、まったく違う重さで響くようになりました。
知らないままなら、きれいな物語で終わっていた
この本に出会わなければ、私は戦争をきれいな物語として受け取り、その実態を直視しないままだったはずです。著者の吉田裕は日本近現代軍事史を専門とする研究者で、膨大な一次史料を読み解いてきた人物です。本書はアジア・太平洋賞特別賞と新書大賞を受賞しており、その評価が中身の確かさを物語っています。感情論ではなく史料に徹して一兵卒の現実を描く専門家だからこそ、これまで語られてこなかった死の中身に、静かに光を当てられるのです。自分も戦争を遠い物語として眺めてきたかもしれない。そう感じた方は、ぜひ本書でその現実を確かめてみてください。
吉田裕著『日本軍兵士 アジア・太平洋戦争の現実』はこちらから読めます。
内容紹介
新書大賞受賞
第30回アジア・太平洋賞特別賞受賞
310万人に及ぶ犠牲者を出した先の大戦。実はその9割が1944年以降と推算される。本書は「兵士の目線・立ち位置」から、特に敗色濃厚になった時期以降のアジア・太平洋戦争の実態を追う。
異常に高率の餓死、30万人を超えた海没死、戦場での自殺・「処置」、特攻、劣悪化していく補充兵、靴に鮫皮まで使用した物資欠乏……。
勇猛と語られる日本兵たちが、特異な軍事思想の下、凄惨な体験をせざるを得なかった現実を描く。
【目 次】
はじめに
序 章 アジア・太平洋戦争の長期化
第1章 死にゆく兵士たちーー絶望的抗戦期の実態1
1 膨大な戦病死と餓死
2 戦局悪化のなかの海没死と特攻
3 自殺と戦場での「処置」
第2章 身体から見た戦争ーー絶望的抗戦期の実態2
1 兵士の体格・体力の低下
2 遅れる軍の対応ー栄養不足と排除
3 病む兵士の心ーー恐怖・疲労・罪悪感
4 被服・装備の劣悪化
第3章 無残な死、その歴史的背景
1 異質な軍事思想
2 日本軍の根本的欠陥
3 後発の近代国家ーー資本主義の後進性
終 章 深く刻まれた「戦争の傷跡」
あとがき
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- 日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実 (中公新書)
- 著者
- 吉田 裕
- レーベル
- 中公新書
- 出版社
- 中央公論新社
- 発売日
- 2017年12月21日
- ISBN
- 9784121024657