新書嫁レビュー
あの戦争への道を引いたのは、首相でも大臣でもない一人の軍人だった
2026-07-21
戦争への道は、政治家たちが決めたものだと思っていた
日本が破滅的な戦争へ進んでいった道筋を、私はずっと、首相や大臣といった表舞台の責任者たちが決めたものだと思っていました。歴史の教科書に名前が残る人々が、その流れを作ったのだと。けれど、その理解のまま過ごしていると、なぜあれほど多くの人が止められないまま戦争へ突き進んだのか、という疑問がいつまでも腑に落ちませんでした。誰か一人の決断ではなく、もっと深いところで何かが動いていたのではないか。その違和感の正体が分からないまま、私は過ごしていたのです。川田稔さんが編んだ『永田鉄山軍事戦略論集』を読んで、その霧が晴れました。
川田稔著『永田鉄山軍事戦略論集』はこちらから読めます。
「将来の陸軍大臣」と目された男が描いた、総力戦の設計図
本書が浮かび上がらせるのは、永田鉄山という一人の軍人の姿です。彼は陸軍士官学校・陸軍大学を出たエリートで、東條英機らとともに国家総動員体制を推進した統制派のリーダーでした。「将来の陸軍大臣」と目された逸材でありながら、皇道派との抗争のなかで一人の中佐に斬殺される。二・二六事件の約半年前のことでした。本書に収められた論考を読むと、第一次世界大戦という人類初の総力戦から永田が何を学び取り、次の戦争に備えてどんな国家の設計図を描いていたかが見えてきます。読者の一人は「論集でまとめて読むと、この人物が太平洋戦争までの日本の骨格を作り上げていたことがわかった」と書いています。永田の関心は、戦時にどれだけの兵力を動員できるか、そのための平時の備え、機械化兵器と工業生産力、そして国家総動員に向けた青年教育にまで及んでいました。彼は次の世界大戦を避けがたいものと見ていて、中国問題を資源確保の問題と捉えていた。その発想が満州事変や日中戦争へとつながっていく様子は、読んでいて背筋が寒くなります。最高責任者ではなく、巨大組織のなかの一官僚にすぎなかった人物が、なぜそれほどの影を歴史に落とせたのか。その答えは、本書でさらに踏み込んで描かれます。ぜひ本書で確かめてみてください。
「歴史は宿命ではなく人間の仕業だ」と実感する
この本を読んでから、歴史の見え方が変わりました。以前は、過去の出来事を、大きな時代の流れに押し流された宿命のようなものとして眺めていました。けれど今は、その流れの一つひとつに、生身の人間の思考と判断が刻まれていたのだと感じます。ニュースで官僚や政治家の視野の狭さが問題になるとき、組織のなかで誰も止められないまま物事が進んでいく様子を見るとき、これは決して過去だけの話ではないと身にしみて分かるようになりました。歴史は宿命ではなく人間の仕業である。その実感を持てたことで、今の社会を見る目までもが鋭くなった気がします。
知らないままでいたら、肝心の部分を見落としていた
もしこの本に出会わなければ、私はあの戦争を、表舞台の名前だけで理解した気になっていたはずです。編者の川田稔さんは、政治外交史・政治思想史を専門とする研究者で、原敬や浜口雄幸といった主役たちの思想を鮮明にしてきた人物です。その川田さんが、これまでまとまった形では入手できなかった永田の論考を一書に編んだ。専門家の本格的な解説に導かれて、私たちは歴史の影にいた人物の思考にまで近づくことができます。表の歴史だけ知って分かった気になるのは、やはり危うい。そう感じた方にこそ、この一冊は深く効いてきます。
川田稔著『永田鉄山軍事戦略論集』はこちらから読めます。
内容紹介
「彼が生きていれば、太平洋戦争は起こらなかった」--近年再評価が進む、帝国陸軍の至宝・永田鉄山(1884-1935)。これまであまり世に出てこなかった永田自身の文書や発言録から、戦間期に残した論考6編を収録。その冷静かつ合理的な分析が訴える、あるべき国家の姿とは? 詳細な解説を加え、昭和の大日本帝国を支えた理論・思想の背骨を明らかにしてゆく。
第一次世界大戦の甚大な犠牲と破壊を受け、永田は戦争のあり方が様変わりしたと思い知る。それは短期かつあくまで局地的な戦いから、高度の工業生産力と膨大な資源を要する、長期にわたる国家総力戦への転換である。そして次なる大戦争は不可避と踏み、対応するには「国を挙げて抗戦する覚悟」をもって「国家総動員体制」を敷くべきであると説く。
永田は陸軍学校を優秀な成績で卒業後、長期のヨーロッパ駐在を経て軍の要職に就き、中堅幕僚の盟約「一夕会」を結成。東条英機、武藤章らとともに「統制派」を率いて国家総動員体制を推進、理論的支柱として満州事変以後は陸軍の実質的リーダーとなる。陸軍の革新を志し、政治進出にも大きな役割を果たすが、対立する皇道派により殺害される。二・二六事件はその翌年、日中戦争開戦はさらにその翌年。永田亡き後、日本は戦争とその結果としての破滅へ突き進むことになる。
来たるべきものである戦争に、いかに臨むかーーにわかに国際関係の緊張が高まる現代、極めて誠実に、現実的に国防を考えた永田のロジックから、21世紀の我々は何を学べるだろうか。
〈論集〉
「国防に関する欧州戦の教訓」(1920)
「国家総動員準備施設と青少年訓練」(1926)
「現代国防概論」(1927)
「国家総動員」(1927)
「満蒙問題感懐の一端」(1932)
「国防の根本義」(真崎甚三郎文書)
「国防の本義と其強化の提唱」(陸軍省新聞班)
〈解説〉永田鉄山の軍事戦略構想(川田稔)
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- 永田鉄山軍事戦略論集 (講談社選書メチエ)
- 著者
- 川田稔
- レーベル
- 講談社選書メチエ
- 出版社
- 講談社
- 発売日
- 2017年8月10日
- ISBN
- 9784062586610