新書嫁レビュー
「日本神話は古事記と日本書紀に書かれたものだ」という思い込みが、中世に創られた別の神話世界を見えなくしていた
2026-05-12
「日本の神話といえば古事記・日本書紀であり、それ以外の神話は存在しない」とずっと思っていた
日本神話についての知識は、古事記や日本書紀に記された「イザナギ・イザナミの国生み」「天照大神の天岩戸」という物語が全てだと思っていました。神話とは太古から伝わる不変のものであり、時代によって作り替えられるものではないという感覚がありました。「神話の時代」は遠い過去に閉じており、現代人が新たに神話を創造するということは考えられないことでした。
でも、中世の神社や寺院にまつわる文書を少し覗くと、知らない神の名や聞いたことのない物語が出てきて、「これは何なのか」という違和感がありました。記紀神話とはどこか違う世界の話が、日本の歴史の中に確かに存在していたことの感覚だけがあり、それが何であるかを説明する言葉を持っていませんでした。
山本ひろ子著『中世神話』を読んで、その違和感の正体がわかりました。
山本ひろ子著『中世神話』はこちらから読めます。
中世の日本人は記紀神話とは別の、全く新しい神話を創造していた
著者が本書で明らかにするのは、律令体制が崩れ神仏習合が深まった中世において、おびただしい数の中世神道書が書かれ、そこに記紀神話とは全く異なる神話的世界が構築されていたという事実です。天地開闢・国生み・天孫降臨という古くからの物語が、中世的な世界観の中で未知の神々をキャストして変奏された——それが「中世神話」と呼ばれる世界です。
特に印象的なのは、伊勢神宮外宮に祀られる豊受大神と、イザナギ・イザナミが国生みに使った「天の瓊矛」が主人公として登場し、記紀とは全く異なる「天地開闢」の物語が展開される章です。知っていたはずの神話の登場人物が、中世の物語の中でまったく別の意味を帯びて動いている——この感覚は、神話が「固定された古代の遺物」ではなく「それぞれの時代の人々が世界の始まりを問い直すことで生き続けるもの」だという認識を生みます。本書にはさらに、「伝世されなかった神器」をめぐる中世神話の終章と、中世びとが構想した神話空間の全貌が語られています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
「神話は過去のもの」という感覚が根底から変わった
読む前と後で、「神話」という言葉の意味が変わりました。以前は神話を、太古に固定された物語として受け取っていました。でも今は、神話とはその時代の人々が世界の起源と秩序を問い直すために作り続けるものだという感覚を持つようになりました。
具体的には、中世の神道書に記された神話が、その時代の思想的危機——律令体制の崩壊、仏教と神道の融合、価値観の混乱——に対応するために生まれたことがわかると、神話は「昔話」ではなく「問い」として機能してきたことが見えてきます。人々は世界の始まりを問い直すことで、自分たちが生きる世界の意味を作り直そうとしていたのです。その視点を持つと、現代においても「起源を問い直す」という行為がどれほど力を持つものかが、少し実感を持って感じられるようになりました。
中世宗教思想の第一人者が、記紀神話の先にある神話世界への扉を開いた
山本ひろ子は早稲田大学文学部教授として中世宗教思想・神話学を専門とし、「変成譜——中世神仏習合の世界」などの著作で知られる研究者です。長年にわたる中世神道書の研究の蓄積を平易な言葉で一般読者に届けた本書は、記紀神話の先に広がる中世の神話空間への最初の入り口として今も読み継がれています。
この本を読まなければ、日本神話を古事記・日本書紀の世界だけで理解したまま、中世の人々が世界の始まりを問い直して創り出した神話空間と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。
山本ひろ子著『中世神話』はこちらから読めます。
内容紹介
伊勢神宮外宮に祀られる豊受大神。イザナギ・イザナミが国生みで使った天の瓊矛。この記紀神話に登場しない神と国生みの呪具を主人公にして、「天地開闢」「国生み」「天孫降臨」の物語が中世的変容を遂げる!中世神話創造の謎を解くスリリングな文献探究。
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- 中世神話 (岩波新書 新赤版 593)
- 著者
- 山本 ひろ子
- レーベル
- 岩波新書 新赤版
- 出版社
- 岩波書店
- 発売日
- 1998年12月1日
- ISBN
- 4004305934