新書嫁レビュー
神社と寺が「共存するのが日本の伝統」だと思っていた
2026-05-01
神仏が一緒にある景色こそ、日本らしさだと信じていた
神社の境内に仏像があり、お寺の鐘楼の隣に鳥居が立っている。そんな光景を見るたびに、「これが日本らしさだ」と思ってきました。神も仏もおおらかに受け入れる。そういう多様さこそが、日本の宗教文化の美点だと。しかしその認識は、ある時代に国家の手によって人工的に断ち切られたものだということを、この本を読むまで知りませんでした。
一橋大学名誉教授であり、日本近代の民衆思想史を専門とした安丸良夫氏の著書、『神々の明治維新―神仏分離と廃仏毀釈』はこちらから読めます。
維新政府が「神と仏を切り離せ」と命じた日
1868年、明治政府は神仏分離令を発布しました。それまで日本では「神仏習合」といって、神道と仏教は長い歴史のなかで混ざり合い、一つの信仰空間を作り上げていました。神社の別当寺(管理するお寺)が境内に置かれていることは珍しくなく、民衆の信仰はその区分を問わず、自然なかたちで両者を行き来していたのです。
ところが明治政府は「天皇を現人神とする国家神道」を確立するために、神道を仏教から切り離す必要があると判断しました。そこで出されたのが神仏分離令です。この命令を受けて各地で起きたのが廃仏毀釈の嵐でした。仏像が打ち壊され、経典が焼かれ、寺院が取り壊された。薩摩藩では藩内の寺院が全廃されたほど、その熱狂的な破壊は凄まじいものでした。
安丸氏は、この「廃仏毀釈の奇妙な熱情」こそが本書の分析対象だと述べています。単純な宗教弾圧ではなく、変革期に生まれた熱狂的な民衆心理と、国家権力の政策が交差した場所に、廃仏毀釈という現象があったのです。本書ではさらに、神道国教主義の形成過程や、「信教の自由」がどのように確立されていったかについても、詳細な考察が展開されています。なぜあれほどの破壊が可能だったのか、ぜひ本書で確かめてみてください。
「当たり前」だと思っていた景色が、じつは作られたものだと知って
本書を読み終えた後、近所の神社を訪れると、見え方がまるで違いました。それまでは「自然にそこにある神聖な場所」だったものが、明治という時代に大規模な政策的介入を受けて作られた「かたち」であることが透けて見えるようになったのです。
以前なら何気なく手を合わせていた場所に、廃仏毀釈で失われた仏像や建物の記憶が重なるようになりました。日本の宗教文化を「おおらかな混合信仰」だと捉えていた自分の認識は、まだ半分しか正確ではなかったのだと気づきました。「混合していたものが切り離された」という歴史を知ることで、今ある神社仏閣の姿が、静的な伝統ではなく、動的な歴史の産物として立ち上がってきます。千年以上続いた神仏習合が、わずか数年で強制的に引き裂かれた、そのことの重さを実感できるようになりました。
知らなければ、ずっと「作られた伝統」に気づかないままだった
明治維新というと、開国・廃藩置県・富国強兵といった政治経済の変化ばかりが語られます。しかし民衆の精神史という視点から維新を見直したとき、神仏分離と廃仏毀釈がいかに根本的な変容をもたらしたかが浮かび上がります。私たちが「日本の伝統的な宗教観」だと思っているものの多くは、明治期の国家政策によって再編された「近代の産物」である可能性があるのです。
民衆思想史の第一人者として色川大吉氏や鹿野政直氏とともに歩み、近代日本の宗教と民衆の関係を長年研究してきた安丸良夫氏だからこそ、この問いを正面から問うことができました。政治史の裏側にある「民衆の精神の変容」を丁寧に掘り起こした本書は、現代の日本人が自分たちの宗教感覚の根っこを問い直すための出発点になり得ます。
安丸良夫著『神々の明治維新―神仏分離と廃仏毀釈』はこちらから読めます。
内容紹介
はじめに
1 幕藩制と宗教
1 権力と宗教の対峙
2 近世後期の排仏論
2 発端
1 国体神学の登場
2 神道主義の昂揚
3 廃仏毀釈の展開
4 神道国教主義の展開
1 祭祀体系の成立
2 国家神の地方的展開
5 宗教生活の改編
1 “分割”の強制
2 民俗信仰の抑圧
6 大教院体制から「信教の自由」へ
1 大・中教院と神仏合同布教
2 「信教の自由」論の特徴
参考文献
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- 神々の明治維新―神仏分離と廃仏毀釈 (岩波新書 黄版 103)
- 著者
- 安丸 良夫
- レーベル
- 岩波新書 黄版
- 出版社
- 岩波書店
- 発売日
- 1979年11月20日
- ISBN
- 4004201039