新書嫁レビュー
「戦時中の子どもは戦争を嫌がっていた」という思い込みが崩れた
2026-05-04
「戦時中の子どもたちは戦争を嫌がっていた」と思い込んでいた
太平洋戦争の時代の子どもたちといえば、空襲を恐れ、食べ物もなく、ただ苦しんでいた存在として思い描いていました。戦争は大人が起こしたもので、子どもたちはその被害者だという理解が当然のように頭の中にありました。だから戦争体験者が「あの頃は楽しかった」と言うのを聞くたびに、何かがうまく噛み合わない感覚がありました。
その違和感の正体を言葉にできないまま、戦争の歴史を表面的にしか受け取れていませんでした。加害と被害という整理では、子どもたちの経験の全体が見えていなかったのだと気づいたのは、この本を読んでからです。
山中恒著『子どもたちの太平洋戦争』を読んで、その違和感の正体がはっきりしました。
山中恒著『子どもたちの太平洋戦争』はこちらから読めます。
「少国民」として海軍に憧れた子どもたちのリアル
本書の著者・山中恒は、自身が「少国民」として戦時中を生きた児童文学作家です。国民学校での教育、奉安殿、少年団、集団疎開、墨塗り教科書——これらを膨大な資料と自分自身の体験をもとに描いています。
国民学校(1941年に尋常小学校から改称)では、子どもたちは「国のため、天皇のために身を捧げる」担い手として育てられました。心身の鍛錬と儀式、団体訓練が重視され、海軍や陸軍への憧れを持つことが「正しい子ども」の証とされていました。子どもたちは嫌々ではなく、その枠組みの中で純粋に熱狂していた。それが戦時教育の最も深刻な側面だったと本書は示しています。
子どもに国家の意思を内面化させることの「成功」こそが、純粋無垢な存在に対する最大の暴力だったという山中の視点は、今読んでも重く響きます。本書にはさらに、戦後の「墨塗り教科書」という象徴的な場面——昨日まで正しかったことが一夜で消えた経験——についての記述が続きます。ぜひ本書でその詳細を確かめてみてください。
「子どもは純粋だから守られる存在」という前提が揺らいだ
読む前と後で、「教育」という言葉の受け取り方が変わりました。子どもの純粋さとは、守られるべき性質であると同時に、最も深く社会の意思を刻み込まれてしまう脆弱性でもある。その認識が入ったとき、現代の教育や広告や文化を見る目が少し変わりました。
「子どもたちは被害者だった」という理解だけでは、国民学校の子どもたちが本当に経験したことの複雑さは見えません。彼らの多くは疑いなく熱狂し、それが終戦で突然反転した。その断絶の体験こそが、戦後日本の思想の出発点の一つになっています。
自分が「正しい」と信じていることが、実は誰かに植え付けられた枠組みである可能性を、子どもたちの太平洋戦争は静かに問いかけてきます。今の時代においても、教育や情報環境によって何かが自分の中に書き込まれているかもしれないという問いは、この本を読むことで初めて自分ごとになりました。
戦争を「表面」でしか理解していなかったことに、この本で気づいた
山中恒(1931-)は自身の戦時体験を持つ児童文学作家であり、戦時教育研究の第一人者として知られています。本書は1986年に岩波新書から刊行され、戦時期の教育と子どもたちの生活を記録した重要な文献として今も参照され続けています。
「子どもたちは戦争を嫌がっていた」という思い込みを持ったまま過ごしていたら、歴史の最も複雑な核心に近づけないままでした。
山中恒著『子どもたちの太平洋戦争』はこちらから読めます。
内容紹介
戦争は子どもたちの遊びや暮らし、勉強に何をもたらしたか。奉安殿、少年団、集団疎開、墨塗り教科書…。自ら収集した膨大な資料にもとづいて『ボクラ少国民』全六巻などを執念深く記録してきた児童読物作家が、海軍に憧れていた「少国民」としての体験をおりまぜながら、特に若い読者のために、その成果のすべてをコンパクトにまとめた。
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- 子どもたちの太平洋戦争: 国民学校の時代 (岩波新書 黄版 356)
- 著者
- 山中 恒
- レーベル
- 岩波新書 黄版
- 出版社
- 岩波書店
- 発売日
- 1986年11月20日
- ISBN
- 4004203562