新書嫁レビュー
春画を「いやらしいもの」と片づけていた自分が、少し恥ずかしくなった
2026-07-04
浮世絵の春画は、ただの卑猥な絵だと思い込んでいた
浮世絵に春画というジャンルがあると知ったとき、要するに昔のいかがわしい絵だろう、と私は半ば反射的に決めつけていました。鑑賞の対象というより、こっそり見るもの。そういう枠に押し込めて、それ以上は考えようとしなかったのです。けれど美術館で浮世絵を眺めるたびに、これほど線や色彩に手をかける絵師たちが、その分野だけ手を抜くだろうか、という小さな引っかかりがずっと残っていました。その違和感の正体が腑に落ちないままでした。福田和彦さんの『世界の浮世絵〈1〉不滅の官能美・悦楽の扉を開く』は、その思い込みを静かに崩してくれた一冊でした。
福田和彦著『世界の浮世絵〈1〉不滅の官能美・悦楽の扉を開く』はこちらから読めます。
一流の絵師たちが、本気で官能美を追求していた
本書がたどるのは、春画が当時の人々にとって決して日陰の絵ではなかったという事実です。喜多川歌麿や葛飾北斎といった、教科書に載るような一流の絵師たちが堂々とこの分野に筆をふるい、構図、衣装の文様、肌の質感に惜しみなく技巧を注ぎ込んでいました。本書はそれを卑猥さではなく「不滅の官能美」として捉え、女性の美しさをどこまで描けるかという表現の挑戦として読み解いていきます。当時の人々にとって春画は、縁起物として贈られたり、家の中でひそかに楽しまれたりする、生活に根づいた絵でもありました。後ろめたいものというより、人の営みを率直に祝うものとして受け止められていた。その感覚の違いを知るだけで、絵の印象はがらりと変わります。ヨーロッパの収集家たちがこれらの作品に魅了され、海を越えて集めていった事実も語られます。海外の目に、日本人がひそかに片づけていた絵が、まぎれもない芸術として映っていたというのは、考えてみれば不思議な話です。本書ではさらに、各絵師の表現の違いや時代ごとの美意識の変化にも踏み込んで紹介されています。浮世絵の見方を一段深めたい方は、ぜひ本書で確かめてみてください。
美術館での浮世絵が、急に立体的に見えてきた
この本を読んでから、浮世絵を見る目つきが変わりました。以前は花魁や役者の華やかな絵だけを「ちゃんとした浮世絵」として眺め、官能を描いた領域は最初から視界の外に置いていました。今は一枚の前で、この絵師は人の表情や仕草のどこに美を見出したのか、と作り手の意図まで想像するようになったのです。一段低く見ていた領域を抜きにしては、絵師たちの本当の凄みは見えてこない。たとえば着物の柄一つとっても、これは官能を引き立てるための計算かもしれない、と作り手の意図まで読みたくなるのです。そう気づくと、江戸の絵の世界がぐっと立体的に感じられ、展覧会で一枚の前に立つ時間も、以前より確かに長くなりました。
知らないままだと、文化の半分を見落としていた
もしこの本を読まなければ、私は春画を恥ずかしいものとして避けたまま、浮世絵という文化の半分を見落とし続けていたはずです。著者の福田和彦さんは美術評論家として、浮世絵やエロティシズムに関する著作を生涯にわたり数多く手がけてきた人物です。長くこの分野を見つめてきた目だからこそ語れる、官能と美の交わる地点がここにあります。タブー視されてきたものの中にこそ、その時代の美意識や人々の生き方が濃く宿っている。そう教えてくれる本でもあります。春画をどこか色眼鏡で見ていた方にこそ、一度ひらいてほしい一冊です。
福田和彦著『世界の浮世絵〈1〉不滅の官能美・悦楽の扉を開く』はこちらから読めます。
内容紹介
滑らかな肌、乳房や臀部の丸やかな豊麗さ。男は、この女性美に陶酔し、その美しさとエクスタシーを求めて放浪した。旧石器時代後期から、現代に至るまでの二万年間。この性的放浪の産物として数々のエロティックな美術が誕生したのだ-。
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- 世界の浮世絵〈1〉不滅の官能美・悦楽の扉を開く (ベスト新書)
- 著者
- 福田 和彦
- レーベル
- ベスト新書
- 出版社
- ベストセラ-ズ
- 発売日
- 2004年1月1日
- ISBN
- 4584120625