新書嫁レビュー
「南京事件は証拠が少なくよくわからない」という思い込みが、日本軍自身の記録と向き合う目を閉じさせていた
2026-05-11
「南京事件は諸説あり証拠が乏しい、真相は不明のままだ」とずっと思っていた
南京事件については「何十万人が亡くなった」という数字が中国側から出る一方、「誇張だ、捏造だ」という反論もあり、「真相はよくわからない」という曖昧な理解を持っていました。歴史問題として政治的に利用されることが多いテーマだという印象もあり、一次資料をもとに事実を確認するという発想がありませんでした。
でも、「よくわからない」というままでいることへの不誠実さを感じていました。歴史の事実は誰かが記録しているはずであり、その記録を見れば何かがわかるはずだという感覚が、ぼんやりとありました。その「誰かの記録」が何であるかを知らないままでいました。
笠原十九司著『南京事件』を読んで、その不誠実さの正体がわかりました。
笠原十九司著『南京事件』はこちらから読めます。
日本軍自身の日記と戦闘詳報が、事件の実態を記録していた
著者が本書で採用したアプローチは、日本軍の一次資料——将兵の日記、戦闘詳報、部隊の記録——を丹念に精査することです。「中国側の主張」でも「外国の批判」でもなく、日本軍自身が残した記録から事実を再構成する。その方法論は、事件を政治的な論争から切り離して、歴史的な事実の問いとして扱うことを可能にします。
特に印象的なのは、南京攻略戦が始まる以前から、近郊農村での虐殺が始まっていたという記述です。「南京城内での出来事」という限定的なイメージが覆されます。日本軍の独断専行で南京への進撃が決定されたこと、入城式のための「残敵掃蕩」として大規模な殺害が組織的に行われたこと——本書にはさらに、難民区での犯罪と抵抗、犠牲者総数の推定根拠についての詳細な分析が続きます。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
「歴史と向き合う」ということの意味が変わった
読む前と後で、歴史上の論争に対する態度が変わりました。以前は「諸説ある」という状態を、「だからわからない、どちらとも言えない」という理由で保留することが知的誠実さだと感じていました。でも今は、「諸説ある」を「一次資料で検証できる問いがある」と読み替えるようになりました。
具体的には、歴史的な論争を見るとき、「誰がどの資料に基づいて何を言っているか」を問うようになりました。政治的な意図を持つ主張と、一次資料に基づく学術的な検証は区別できる。その区別を意識するようになると、歴史の「諸説」が全て等価に見えなくなりました。不都合な事実を「わからない」として保留することは、事実から目を背けることと同じだという認識が生まれました。歴史と誠実に向き合う姿勢は、現在の社会を見る目にも影響します。「記録を読む」という習慣が、情報との向き合い方を変えました。
東京大学で学術博士号を取得した中国近現代史の研究者が、日本軍の記録から事実を再構成した
笠原十九司(1944年生まれ)は東京教育大学大学院修士課程を経て、東京大学で学術博士号を取得した中国近現代史専門の研究者で、都留文科大学名誉教授です。「日本軍自身の記録に語らせる」という方法論で南京事件の実態解明に長年取り組んできた著者の本書は、歴史的事実の問いに正面から向き合う一冊として今も読み継がれています。
この本を読まなければ、「よくわからない」という曖昧な理解のまま、日本軍自身の記録が語る事実と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。
笠原十九司著『南京事件』はこちらから読めます。
内容紹介
日中戦争において、日本は当時の中国の首都、南京を激戦のすえ攻略した。このときに発生した、いわゆる「南京大虐殺」は重大な戦争犯罪として、いまも論議の的になっている。著者は、攻略戦の発端から説きおこし、外国人記録を含めた史料群を博捜し分析して、その全体像を描き出していく。現代史の焦点を衝く待望の歴史叙述。
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- 南京事件 (岩波新書 新赤版 530)
- 著者
- 笠原 十九司
- レーベル
- 岩波新書 新赤版
- 出版社
- 岩波書店
- 発売日
- 1997年11月1日
- ISBN
- 4004305306