新書嫁レビュー
知の巨人が八十六歳で書いた「幸福」は、意外なほど地味だった
2026-06-14
老いとは失うことだ——そう身構えていました
年を重ねるというと、体力が落ち、できることが減り、若い頃の輝きを少しずつ手放していく——そんな下り坂のイメージが私の中にありました。だから「快適な老後」と聞いても、どこか負け惜しみのように響いていた。けれどその構えのまま生きていると、これから先の歳月がただ目減りしていくだけの時間に思えて、どこか心がしぼんでいきます。その気分を根底から覆してくれたのが、渡部昇一氏の『実践・快老生活 知的で幸福な生活へのレポート』でした。八十六歳に達した著者が「これこそが快い老いだ」と書き記したこの本は、老いを欠乏ではなく成熟として描いていたのです。
渡部昇一著『実践・快老生活 知的で幸福な生活へのレポート』はこちらから読めます。
至福は、高級料理ではなくファミリーレストランにあった
本書で私の胸に残ったのは、著者が人生の幸福として挙げた場面の、意外なほどの慎ましさです。立派な料亭の料理ではなく、妻や息子夫婦、孫と連れ立って出かけるファミリーレストランでの食事——そこにこそ本当の幸福が詰まっている、と書かれています。英語学の大家として膨大な蔵書に囲まれて生きた人が、最後にたどり着いた至福が、家族と囲む何気ない食卓だった。この一節には、著者が八十六年かけて削ぎ落とした末の結論がにじんでいます。本書はこのほか、お金の賢い殖やし方と使い方、健康のために本当に大切なこと、不滅の修養の身につけ方、さらには宗教やオカルトといった「次なる世界」への向き合い方まで、七つの章にわたって具体的に語られます。著者がベストセラー『知的生活の方法』を世に出してから四十年、さらに総論篇とも言える『知的余生の方法』を経て、その実践の到達点が各論として綴られているのです。観念的な人生論ではなく、自分がどう暮らし、何にお金を使い、どう健康を保ってきたかという生きた報告であるところに、本書の手応えがあります。歳をとるとはどういうことか——その問いに、八十六年の実践そのもので答えようとした一冊です。
「減っていく時間」が「整えていく時間」に変わった
この本を読む前、私は将来の不安を数えるのが癖になっていました。お金は足りるか、健康はもつか、と先回りして気を揉んでいた。けれど読み終えてから、休日に家族と近所の店でとりとめのない話をしているとき、ふと「これがあの本の言っていた幸福か」と気づくようになりました。以前なら「いつか余裕ができたら旅行でも」と未来へ先送りしていた幸せが、いま目の前のテーブルにすでにあったと分かる。特別な何かを足すのではなく、手元にあるものの価値に目が向くようになったのです。老いを迎える準備とは、失う覚悟を固めることではなく、何を大切に残すかを選び取ることなのだと、日々の小さな場面で実感するようになりました。孫の話に相づちを打つ夕食の時間が、以前なら見過ごしていたであろうかけがえのない一場面として立ち上がってくる。そういう心の向きの変化こそが、本書の言う快老の入り口なのだと思います。
この一冊がなければ、老いをただ恐れていた
本書に出会わなければ、私は老いを漠然と恐れたままだったと思います。渡部昇一氏は上智大学名誉教授として英語学の世界で長く教鞭をとり、専門の枠を超えて知的生活のあり方を説き続けた人物です。その人が人生の終盤に書き残したこの一冊には、知識ではなく生き方そのものの結論が刻まれています。これから歳を重ねるすべての人へ、その肉声をぜひ本書で確かめてみてください。
渡部昇一著『実践・快老生活 知的で幸福な生活へのレポート』はこちらから読めます。
内容紹介
『知的生活の方法』から40年。85歳を越えた著者が、歳を重ねて到達した人生の幸福の核心と、知的で快い生き方の真髄を語り尽くす。
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- 実践・快老生活 知的で幸福な生活へのレポート (PHP新書)
- 著者
- 渡部 昇一
- レーベル
- PHP新書
- 出版社
- PHP研究所
- 発売日
- 2016年10月14日
- ISBN
- 4569831532