新書嫁レビュー
「音に色が見える」という人の話を、比喩だと思っていた
2026-05-22
「音が色に見える」は、芸術家的な表現だと思っていた
「あの曲は青い感じがする」「この数字は赤く見える」という話を聞いたとき、ずっとそれは詩的な比喩表現だと思っていた。感受性の豊かな芸術家が、感情を色で語るときの言い回し。あるいは「五感が鋭い」という才能の一種で、自分とは縁のない話。そういう人の体験を「ユニークだな」と思いながらも、どこか「実際にそういう感覚が生じているわけではないだろう」と頭のどこかで思っていた。感覚というものは五つに分かれており、音は耳で、色は目で、それぞれ別々に処理されるのが当たり前だ。そうでない状態は、あくまで「比喩的表現」のはずだった。
ところが、牧岡省吾著『なぜ存在しない感覚が感じられるのか 共感覚の謎を解く』を読んで、その認識が根底から覆った。「音が色に見える」「文字に味がある」「数字が空間に浮かんで見える」という感覚は、比喩でも想像でもなく、その人に実際に知覚されている現実の感覚だったのだ。
牧岡省吾著『なぜ存在しない感覚が感じられるのか 共感覚の謎を解く』はこちらから読めます。
150種類以上の「異なる世界の見え方」が存在する
本書が扱う「共感覚(シナスタジア)」とは、ある刺激を受けたとき、通常とは異なる感覚が同時に自動的に生じる現象だ。文字に色が見えたり、音に形を感じたり、数字が宙に浮かんで見えたりする。そうした共感覚の種類は100種類以上にのぼるという。
驚くのは、その感覚の「一貫性」だ。共感覚を持つ人に「Aという文字は何色に見えるか」と同じ質問を何年か後にしても、ほとんどの場合、答えが変わらない。それが想像や連想であれば、答えが変わっても不思議ではない。しかし変わらないということは、脳内で何らかの神経回路が固定的に接続されており、その感覚が本当に「知覚」されていることを示している。赤ちゃんは生まれた直後、視覚や聴覚などの感覚が混ざり合った状態にあるという説もあり、本書ではその発達プロセスと共感覚の関係についても詳しく論じている。ぜひ本書で確かめてみてください。
「見え方」が人によってこれほど違うとは、考えたことがなかった
この本を読む前は、同じものを見ているとき、人間の知覚は基本的に同じだと思っていた。青空は誰にとっても青く、犬の鳴き声は誰にとっても「音」として処理される——そういう前提があった。
本書を読んだ後、その前提が揺らいだ。共感覚者にとって、世界の見え方は私たちとは根本的に異なる。曜日に色があり、音楽に触感があり、会話の言葉に味がある——そういう世界で生きている人が一定数いる。そして本書が問うのは「なぜ彼らだけがそう感じるのか」ではなく、「感覚が感じられるとはそもそもどういうことなのか」という、より根源的な問いだ。自分が「見ているもの」「感じているもの」が、実際にはどれだけ主観的な構築物なのか——読んでいるうちに、日常の知覚への信頼が少しずつ揺さぶられる感覚があった。
「人と同じように感じている」という前提が、崩れた
この本を読まなければ、共感覚者の話は一生「詩的な比喩」としか聞こえなかっただろう。しかし科学的な研究が示すのは、感覚とはもっとずっと多様で、個人によって全く異なりうるものだという事実だ。
著者の牧岡省吾氏は1965年生まれ、京都大学大学院文学研究科で博士(文学)を取得し、現在は大阪公立大学大学院現代システム科学研究科教授として共感覚の神経回路モデルを研究している。認知科学の最先端から「感覚とは何か」という問いに取り組む専門家が、一般読者向けに書いた本書は、読み終えたあと、日常の知覚に対する見方が少し変わる一冊だ。
牧岡省吾著『なぜ存在しない感覚が感じられるのか 共感覚の謎を解く』はこちらから読めます。
内容紹介
音の色が見える。言葉に味がある。数字が宙に浮かんで見えるーー。あるものを見たり聴いたりしたときに、それとは別の感覚までもが感じられる「共感覚」。その持ち主は、なぜ実際には存在しないものを感じられるのか? そしてそもそも、ある感覚を感じられるとはどういうことなのか? 私たちは今この瞬間に「何を」感じているのか? 共感覚の謎を手がかりに、最先端の認知科学が「世界の見え方」の本質に迫る。
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- なぜ存在しない感覚が感じられるのか 共感覚の謎を解く (光文社新書 1388)
- 著者
- 牧岡 省吾
- レーベル
- 光文社新書
- 出版社
- 光文社
- 発売日
- 2025年11月19日
- ISBN
- 4334108105