新書嫁レビュー
「どうせ私なんて」——その口ぐせは、脳にかけた呪文だった
2026-05-31
言葉は、ただの音だと思っていた
誰かに言われたひと言や、自分でつぶやく口ぐせを、私はただの音の連なりだと軽く見ていました。「どうせ自分には無理だ」と口にしても、それは気分の問題で、現実とは関係ないと思い込んでいたのです。けれど、なぜか同じような失敗を繰り返し、うまくいきかけても自分でブレーキを踏んでしまう。その理由が自分でもわからず、どこかしっくりこない感覚をずっと抱えていました。自分の意志でやめたいと思っているのに、なぜか同じ後ろ向きな言葉が口をついて出てしまう。その繰り返しに、自分のことなのに自分で操縦できていないような心もとなさがあったのです。この本を読んで、その違和感の正体が見えました。言葉は気分どころか、脳の働きそのものに作用する力を持っていたのです。
中野信子著『咒(まじない)の脳科学』はこちらから読めます。
「呪」ではなく「咒」と書く意味
本書がタイトルに選んだのは、呪いの「呪」ではなく「咒」という字です。「咒」は害意のある呪いだけでなく、ポジティブな願いや想念までも含む、言葉の隠された力そのものを指すといいます。同じ言葉でも、人を縛ることもあれば、人を支えることもある。脳科学者である著者は、SNSにあふれる悪意の言葉、脳にかけられる暗示、知らぬ間に刷り込まれていく「負けグセ」、そして快楽による中毒やルッキズムまでを、脳の仕組みから解き明かしていきます。たとえば私たちが他人の容姿にどうしても目を奪われ、美醜に囚われてしまうのも、本人の意志の弱さではなく脳の働きによるものだと説かれます。本書の狙いは、自分にかけられた咒の正体を知らせ、そこから解放することにあるといいます。第三章のルッキズムや、第四章で扱われる「社会がかける咒」、終章の「咒がかなうとはどういうことか」では、より踏み込んだ話が展開されます。その続きは、ぜひ本書で確かめてみてください。
口ぐせを言い換えるようになった
この本を読む前の私は、落ち込むたびに「やっぱりダメだ」と無意識につぶやき、その言葉が自分をさらに沈めていることに気づいてもいませんでした。それを単なる気分の波だと片づけ、なぜ抜け出せないのかと不思議に思うばかりだったのです。鏡の前で自分の容姿を責める癖も、ただの自己嫌悪だと思い込んでいました。けれど読み終えたいま、ネガティブな言葉が口から出かかったとき、ふと「これは脳に咒をかけているのではないか」と立ち止まれるようになりました。同僚の何気ないひと言に過剰に傷ついたときも、それが言葉の力の作用だと理解できると、深追いせず受け流せる場面が増えました。SNSで飛び交う心ない言葉も、距離を置いて眺められるようになったのです。言葉を選ぶことが、自分の内側を守る具体的な手立てになりました。
知らないままなら、かけられ続けていた
この本に出会わなければ、私はこれからも自分や他人の言葉に無防備なまま、知らぬ間に咒をかけられ続けていたはずです。著者の中野信子は、東京大学大学院医学系研究科で脳神経医学を専攻し、医学博士の学位を持つ脳科学者で、フランス国立研究所ニューロスピンでの研究歴もあります。脳の仕組みを科学的に究めた専門家だからこそ、日常にあふれる言葉を冷静な観察の目で解きほぐし、その正体を私たちに手渡してくれるのです。自分も知らないうちに何かの咒にかかっているかもしれない。そう感じた方は、ぜひ本書でその正体を確かめてみてください。
中野信子著『咒(まじない)の脳科学』はこちらから読めます。
内容紹介
なぜ、私たちは、周りの言葉にこんなに苦しんだりするのでしょう?
人を息苦しくさせるーーSNSにあふれる呪いの言葉、病気にもしてしまう暗示。刷り込まれる負けグセ。
脳を中毒にするーーイケニエを裁く快楽、罰を見たい本能や正義という快感。ウソつきの遺伝子がモテる。
知りたくなかった現実ーー男のほうが見た目で出世、女はここまで見た目で損をする。脳に備わっていたルッキズム。
私たち人間の社会は咒(まじない)でできていると言って過言ではないのです。
なぜなら言葉が、意識的と無意識的とにかかわらず人間の行動パターンを大きく変えてしまう力があるから。
人間関係や仕事、人生の幸不幸も、あなたを取り巻く社会の空気さえ。
そして今SNSがひとりひとりを孤立させ、言葉はいっそう先鋭化しています。
正義や快楽に中毒する脳そのものが、そもそも人間社会を息苦しくする装置です。
本書の役割は、脳にかけられた咒がどのようなものかを知らせ、解放することにあります。
【著者より】
本書では、ネガティブなイメージだけを扱うのではなく、ポジティブな想念を含む言葉の力についても光を当てたいと考え、あえて「まじない」に「咒」という文字を使用することにした。
私たちは物理世界に存在している生物ではあるが、認知という観点から見れば、言語の海の中に生きる存在である。
私たちは、誰かの発する音声に左右され、他者が何気なく書いた言葉を目にして一喜一憂する。励まされて生きる活力を得ることもあれば、死を選ぼうという気持ちにさせられることもある。これらは言葉の力である。現代特有の現象などではなく、古来より洋の東西を問わず、言語を用いる技術に長けた者が、意図的にその力を運用してきた歴史がある。
脳科学を中心とした知見をもとに、その力の一端を繙いていこうという本書の試みが、読者の向後に資することがあれば望外の喜びである。
【本書の内容】
序章 咒ー言葉の隠された力
第1章 呪いー悪意の影響力
第2章 快楽ー脳が制御できない中毒
第3章 ルッキズムー例外なく脳は美醜に囚われる
第4章 社会がかける咒ー安寧のための代償
終章 咒がかなうとはどういうことか
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- 咒(まじない)の脳科学 (講談社+α新書 823-4C)
- 著者
- 中野 信子
- レーベル
- 講談社+α新書 823-4C
- 出版社
- 講談社
- 発売日
- 2025年3月6日
- ISBN
- 4065309425