新書嫁レビュー
賃上げ五パーセントの春に、それでも何かがしっくりこなかった理由
2026-05-29
労働組合なんて、自分には関係ないと思っていた
労働組合と聞くと、昭和の工場前で鉢巻きを締めて声を上げる人たち、という古い映像が浮かびます。正社員の、それも大企業の話で、フリーランスや非正規で働く自分には縁のない世界だと思っていました。けれど、給料は思うように上がらず、理不尽な要求をする顧客に消耗し、何かおかしいと感じても声を上げる相手が見当たらない。会社に直談判するほどではないけれど、このまま我慢し続けるのも違う気がする。そんな宙ぶらりんな働き方の、漠然とした孤立感の正体を、藤崎麻里さんの『なぜ今、労働組合なのか』は言い当ててくれました。
藤崎麻里著『なぜ今、労働組合なのか 働く場所を整えるために必要なこと』はこちらから読めます。
賃上げ五パーセントの裏で、置き去りにされた人たち
本書が出発点に置くのは、二〇二四年春闘で賃上げ率が三十三年ぶりに五パーセント台に達した、という明るいニュースです。ところが著者は、その数字の裏側に目を向けます。実質賃金は物価に追いつかず、格差はむしろ広がり、賃上げの恩恵が届かない層が確かに存在する。とりわけ、労働組合とつながっていない若い世代や非正規・フリーランスの人たちが、交渉のテーブルにすら着けていない。本書は四部構成で、職場の働きやすさやフリーランスの問題、カスタマーハラスメント対策に動く日本の現場から始まり、官製春闘やリスキリング、外国人労働者への対応といった政策の論点へと広がっていきます。さらに視点は海を越え、シカゴの教職員組合や全米自動車労働組合、あのグーグルで起きた労働運動まで、米国の具体的な事例が紹介されます。労働組合が単なる賃上げの道具ではなく、働く場所そのものを整えるセーフティーネットとして再評価されている。NPOとの連携や組織の領域拡大といった新しい動きまで、その実像が章を追うごとに立ち上がってきます。
「働きやすさ」は天から降ってこないと気づいた
読む前の私は、職場の不満は個人で耐えるか、嫌なら転職するか、その二択しかないと思っていました。環境は会社が用意して与えてくれるもので、自分の手で変えられるものだとは考えていなかったのです。だから理不尽な目に遭っても、「この会社が合わないだけ」と自分に言い聞かせて、次の職場を探すことばかり考えていました。読んだ後は、働く環境というのは、そこで働く人たちが声を集めて初めて整えられるものなのだと腑に落ちました。昼休みに同僚とこぼし合っていた愚痴の中にも、本当は交渉や連帯の芽があったのだと気づかされる。理不尽なクレームを「自分が我慢すれば済む話」と飲み込んでいた日常が、「これは個人の問題ではなく、制度として変えられるかもしれない」という視点に切り替わった感覚があります。転職という出口だけでなく、いまいる場所を直すという道もあるのだと思えるようになりました。
知らないままなら、私は一人で耐え続けていた
この本を読まなければ、私はこれからも働く場所の不満を、個人の運や努力の問題として一人で処理し続けていたはずです。著者の藤崎麻里さんは朝日新聞の記者として、国内外の労働現場を丹念に取材してきたジャーナリストです。日本だけでなく米国の労働運動の現場にも足を運び、自分の目で見て集めた一次情報の厚みが、本書を観念論ではなく地に足のついた手引きにしています。組合という言葉に身構えていた人ほど、その印象が静かに更新されていく。働くすべての人が、自分の足元を整えるための新しい選択肢として、知っておいて損のない一冊です。
藤崎麻里著『なぜ今、労働組合なのか 働く場所を整えるために必要なこと』はこちらから読めます。
内容紹介
2024年春闘の賃上げ率は5%台で33年ぶりの高水準となった。だが、広がる格差や実質賃金に追いつかない賃上げなど課題は山積。若い世代や非正規雇用など労働組合とつながらない人も多い。一方、欧米では労組回帰の動きもある。働く環境をよくするために今、労組に何ができるのか。働き手、労働組合、政治のかかわりにも踏み込んだ意欲作!
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- なぜ今、労働組合なのか 働く場所を整えるために必要なこと (朝日新書)
- 著者
- 藤崎 麻里
- レーベル
- 朝日新書
- 出版社
- 朝日新聞出版
- 発売日
- 2025年1月10日
- ISBN
- 4022952997