新書嫁レビュー
日本人はもともとそれほどエビが好きではなかった、という事実が食卓の見え方を変えた
2026-05-05
「日本人はエビ好き民族だ」とずっと思っていた
エビフライ、エビの天ぷら、エビチリ、エビピラフ——日本の食卓にこれほどエビが並ぶのは、日本人がもともとエビを好む民族だからだと、当然のように思っていました。寿司屋に行けば海老が人気ネタとして並び、お祝いの席には伊勢海老が出る。エビを愛する文化がこの国にはある、と疑ったことがありませんでした。
でも、毎年大量のエビを食べながら、どこかに引っかかりがありました。スーパーに並ぶエビのパッケージに書かれた産地——インドネシア、タイ、ベトナム、インド。どんな場所で、誰が獲って、どんな経緯でここに来たのか。安さの背後に何があるのかを、知らないまま買い続けていました。
村井吉敬著『エビと日本人』を読んで、その引っかかりの正体が見えてきました。
村井吉敬著『エビと日本人』はこちらから読めます。
「エビ好き日本人」は作られた文化だった
本書が明かす最初の事実は意表をついていました。歴史的に見ると、日本人はそれほどエビを好んで食べていたわけではないのです。エビが日本の食卓に広く普及したのは、商社・エビ問屋・冷凍食品メーカー・スーパーマーケット・政府がそれぞれの利害を一致させ、意図的に食の嗜好を変えた結果だというのです。
そしてもう一つの数字に、読む手が止まりました。日本の消費者がエビに支払う金額のうち、現地の漁師が手にするのはわずか7.5%。残りの92.5%は流通・加工・輸送・小売りの過程でどこかに消えていきます。著者はインドネシアでトロール漁船に乗り込み、台湾で養殖の現場を歩き回り、「エビを獲る人びと」「エビを育てる人びと」「エビを加工する人びと」の実態を丁寧に記録しています。
本書にはさらに、エビ養殖がアジアの沿岸環境をどう変えていったか、日本のODAと水産業の関係といった、より深い構造的問題についても踏み込んだ章が続きます。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
スーパーのエビ売り場の前で、立ち止まるようになった
読む前と後で、買い物のときの感覚が変わりました。以前は「安いエビがあった」という事実だけで手を伸ばしていました。今は、その値札の裏側に連なる長い鎖を意識します。誰かが海に出て、誰かが工場で剥いて、何千キロを渡ってきた。その全過程のわずか7.5%が生産者に届く構造の中で、この値段が成立している。
それは単なる罪悪感ではなく、食べることの意味を問い直す感覚です。日本の食卓の豊かさが何の上に成り立っているかを知ること——それを知った上でどう選ぶかは、各自が判断することです。でも知らないまま消費し続けることと、知った上で選ぶこととでは、日常の質感がまったく違うと感じるようになりました。
「食べる」という行為が世界とつながっていると気づかせてくれた
村井吉敬(1943-2013)は早稲田大学政治経済学部を卒業後、インドネシアのパジャジャラン大学に留学し、東南アジアの経済史を専門とした研究者です。上智大学外国語学部教授を経て、晩年は早稲田大学アジア研究機構教授を務めました。長年にわたる現地調査と鋭い経済分析に基づく本書は、食と国際構造の問題を扱う古典として今も読み継がれています。
この本を読まなければ、「日本人はエビが好き」という当たり前の前提を一度も疑わなかったでしょう。その前提自体が誰かの手で作られたものだという視点は、食卓の向こう側にある世界への問いを開きます。
村井吉敬著『エビと日本人』はこちらから読めます。
内容紹介
プロローグ──なぜエビか?
バナナとエビ
なぜエビをとりあげるか?
歩く・見る・議論する
1 エビを獲る人びと──トロール漁の現場──
真珠とエビ──インドネシアの海で
「海の銀座」
雑魚はスコップで海へ
「トロール? 困ったもんだ」
漁民と日系企業
ナマコからエビへ──オーストラリアで
エビ・タウンの前途は?
撤退するエビ開拓者ニッポン
「養殖に食われる」
2 エビという生き物──生態・種類・獲られ方──
マングローブ林を歩いてみた
クルマエビ属の生活史
エビの種類──私たちが食べているのは?
さまざまなエビ漁法
日本のエビ漁
3 エビを育てる人びと──養殖をインドネシア・台湾に見る──
南スラウェシは“エビ・ブーム”
養殖漁民ラトンコさんの場合
村で進む商品経済化
集買人アリフィンさんに聞く
稚エビ漁民からエビ成金まで
許さんの養殖池──台湾のブラック・タイガー
「エビに翻弄される」──廖さんは語る
「クルマエビを安く食膳に」──藤永元作の夢
ブラック・タイガー養殖の成功
4 エビを加工する人びと──調味料づくり・殻剝き・箱詰め──
調味料トゥラシをつくる女性たち
「エビは寒い」──“熱帯の南極”で
日系冷凍工場の内側
サイズの国際規格
女工さんたちの賃金
日本へ──開発輸入と買付け輸入
5 エビを売る人、食べる人──この四半世紀に何が起きたか?──
デパートの食料品売場で
なぜ祝宴に?──エビ食の昔と今
エビフライ・天ぷら・チリソース…
自由化の後に──輸入急増の背景
コールドチェーンと冷凍食品の普及
商社・食品業界・スーパーの戦略
流通ルートはどうなっているか?
「南」は獲る人、「北」は食べる人
輸入食料品のトップに
第三世界との関係はこれでよいのか?
エピローグ
「現場」情報を消費者に
エビ輸入と第三世界
顔のみえる関係を
あとがき
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- エビと日本人 (岩波新書 新赤版 20)
- 著者
- 村井 吉敬
- レーベル
- 岩波新書 新赤版
- 出版社
- 岩波書店
- 発売日
- 1988年4月20日
- ISBN
- 4004300207