新書嫁レビュー
「仕事は収入を得るための手段だ」という前提が、職人の誇りとはどういうものかを見えなくしていた
2026-05-10
「仕事とは生活のためにするものであり、収入と評価がその価値を決める」とずっと思っていた
仕事は収入を得るための手段であり、より良い条件を求めてより良い職場に移ることが合理的な選択だと思っていました。仕事の価値は給与や社会的評価で測られ、目立った実績を残すことが仕事への誠実さの証明だと感じていました。そういう「現代的な労働観」を当然のものとして持っていました。
でも、「自分の仕事に誇りを持っている」という人の話を聞いたとき、その誇りが利益や評価とはまったく別の次元にあることをどう理解すればよいのか、うまく言葉にならないことがありました。職人という存在が何を大切にして生きているのか、その核心がつかめないままでいました。
永六輔著『職人』を読んで、その問いへの答えが鮮やかに届きました。
永六輔著『職人』はこちらから読めます。
「儲けよりも誇り、目立つよりも腕」という生き方があった
本書に収められているのは、著者が長年にわたって連載してきた「無名人語録」の中から選んだ、職人たちの言葉の数々です。江戸言葉で語られる職人の声は、怒りにも叱責にも滲み出る活気と意気が伝わってきます。
特に印象深いのは、職人たちが一様に「名を売ろうとしない」という姿勢です。自分の名前よりも作品の質を、評判よりも腕の確かさを優先する。大きな工場でも有名な工房でもなく、小さな町工場や商店で黙々と技を磨き続ける姿を、著者は「清貧」という言葉で表します。また、職人の世界には「目利き」の力——物事の真偽や人の才能を見分け、育てる力——が受け継がれており、それが技の継承を可能にしていると著者は語ります。本書にはさらに、職人の世界の深みを語る言葉がたっぷりと収録されています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
「良い仕事とは何か」への問いが変わった
読む前と後で、日常での仕事への向き合い方が変わりました。以前は「この作業はなんのためにやっているのか」と問うとき、答えは常に目的や報酬と結びついていました。でも今は、「これは自分が誇りを持てる仕事かどうか」という問いが自然と浮かぶようになりました。
具体的には、ある仕事を丁寧にやるか雑にやるかを迷うとき、「見ている人がいるかいないか」ではなく「自分が納得できるかどうか」を基準にするようになりました。職人の言葉には「値段の付け方より腕の磨き方が先だ」というような矜持が随所に光っています。その矜持は時代遅れではなく、自分が何のために働くかという問いに対する、最も根本的な答えの一つだと感じるようになりました。目に見えない誇りを積み重ねることの意味が、職人の言葉を通じて腑に落ちました。誰も見ていない場面での丁寧さこそが、仕事の本質なのだという感覚が日常に根づいてきました。
「上を向いて歩こう」の作詞家が、無名の職人たちの声を届けた
永六輔(1933-2016)は「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」などを作詞した放送作家・作詞家で、テレビやラジオを通じて長年にわたって庶民の声と向き合ってきた人物です。かつて245万部を超えたベストセラー『大往生』の著者でもある永六輔が、今度は職人という「名もなき匠たち」に向けた眼差しを一冊にまとめた本書は、日本のものづくりの精神が凝縮された一冊です。
この本を読まなければ、「仕事=収入」という図式の外にある生き方の豊かさに気づかず、職人の誇りという言葉を表面的にしか受け取れないままでいたでしょう。
永六輔著『職人』はこちらから読めます。
内容紹介
はじめに──地鎮祭
1 語る賤がありますねェ」
2 怒る・叱る──「怒ってなきゃダメだよ、年寄りは」
3 つきあう──「必要なものは高くても買うのが買物です」
4 訪ねる──「使い込んでこそ美しい」
5 受け継ぐ──「職人大学学生諸君!」
おわりに──竣工式
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- 職人 (岩波新書 新赤版 464)
- 著者
- 永 六輔
- レーベル
- 岩波新書 新赤版
- 出版社
- 岩波書店
- 発売日
- 1996年10月21日
- ISBN
- 4004304644