新書嫁レビュー
日本語の「湯」と「水」の区別は、英語にはない。言葉が変わると世界が変わる
2026-04-23
言葉は世界をそのまま写すものだと思っていた
「水」は水、「山」は山——言葉は現実をそのまま記号に置き換えたものだと、ずっと信じていました。日本語と英語が違うのは、同じ現実を異なる音で表しているだけで、表現される世界は同じはずだと思っていた。しかし、そうではないかもしれないという違和感は、外国語を学ぶうちにずっとあり続けていました。翻訳するとニュアンスが消える、対応する単語がない——それは「日本語が特殊だから」という問題ではなく、言語そのものが世界の切り取り方を決定しているという事実から来ていたのです。
鈴木孝夫著『ことばと文化』はこちらから読めます。
英語に「湯」という単語はなく、日本語に「ワニの種類を区別する言葉」はない
鈴木孝夫がこの本で示す事例は、言語と文化の関係を鮮明に照らし出します。日本語では「水」「湯」「氷」を3つの異なる言葉で区別しますが、英語では「water」と「ice」の2種類しかありません。逆に日本語で「ワニ」と呼ぶものを、英語では「alligator」と「crocodile」に区別します。
これは単に語彙の多寡ではありません。日本文化では水の温度状態を区別することが重要で、英語文化ではワニの種類を区別することが重要だった——つまり言語は文化が「重要だ」と判断した区別を切り出し、そうでないものを一括りにします。世界が先にあって言語がそれを写すのではなく、言語が世界の「何を区別するか」を決めている。本書ではさらに、日本語の人称代名詞の複雑さ(「私」「僕」「俺」「わたくし」)と英語の「I」一語という差異が、両文化の社会構造の違いをどう反映しているかが展開されます。ぜひ本書で確かめてみてください。
外国語学習の意味が変わった
この本を読んでから、「英語が話せる」ということの意味が変わりました。英語で話せるようになることは、単に日本語の言葉を英語の言葉に置き換えるスキルを習得することではない。英語話者が世界をどのように分節しているかを理解することです。
逆に、日本語で考える自分の視点が、英語話者とは異なる世界の切り取り方をしているということでもある。「翻訳できない感覚」があるとき、それは表現の難しさではなく、分節の仕方の違いから来ています。言語を学ぶことは、別の世界の見方を学ぶことです。この視点を持ってから、英語の勉強が以前とは違う意味を持つようになりました。語彙や文法の問題ではなく、「英語話者はどう世界を分けているのか」という問いとして、英語を読むようになりました。
言語社会学の開拓者が書いた、最良の言語論入門
鈴木孝夫(1926〜2021年)は東京生まれ。慶應義塾大学文学部教授として言語社会学を確立し、日本語と日本文化の関係を独自の視点で研究し続けた言語学者です。外国語を手がかりに日本語の構造を照らし出すアプローチで知られ、「閉ざされた言語・日本語の世界」(新潮選書)など多くの著作がベストセラーになりました。本書は1973年の刊行で、言語と文化の関係を一般読者に向けて平易に語った古典として、半世紀後の今も多くの読者に読まれています。
この本を読まなければ、言葉を「現実の記号」として一生扱い続け、「なぜ翻訳するとニュアンスが消えるのか」という問いに答えられないままでいたはずです。言語が世界を作るという逆転の視点は、すべての言語学習の意味を深めてくれます。
鈴木孝夫著『ことばと文化』、購入はこちらから。
内容紹介
まえがき
一 ことばの構造、文化の構造
共時的展開と通時的展開 文化の項目と普遍的価値 breakとはどういうことか ことばの構造性と辞典の記述 「のむ」とdrinkの構造の比較 breakの構造的な記述 あらわな文化 かくれた文化 It never rains but it pours. A rolling stone gathers no moss.
二 ものとことば
ものとことばの対応関係 ことばがものをあらしめる ことばの分節性と虚構性 言語的相対主義 ことばの分節性が世界を秩序づける lipと「くちびる」 ことばのレベルと理解のレベル 指示対象のあいまい性 指示対象の領域のくいちがい 顔の描写法と文化的選択 西洋人の顎
三 かくれた規準
形容詞の内容の相違 相対的形容詞と絶対的形容詞 潜在的比較文と明示的比較文 一 種の規準 二 比率規準 三 期待規準 四 適格規準 五 人形の規準
四 ことばの意味、ことばの定義
音と意味 辞典はことばの意味を説明しない 「石」とはなにか ことばの意味 (一)音と結合した個人の知識体験の総体 (二)ことばの意味はことばでは伝達不可能 ことばの定義 辞典で「石」を定義する必要はない 名詞より動詞・形容詞の方が定義しやすい
五 事実に意味を与える価値について
日本人は残酷か 日本の犬と西洋の犬 「西欧に見習え」 日本と西洋における動物観 価値体系を無視した概念の輸入 日本語をはかる尺度は日本語自体
六 人を表わすことば
1 自分及び相手をなんと言うか
自分をなんと称するか 相手をなんと言うか
2 ヨーロッパ語の人称代名詞の歴史的背景
ヨーロッパの言語は兄弟関係 同一性の連続
3 日本語の人称代名詞の歴史的背景
人称代名詞の変遷 タブー型変化
4 日本語の自称詞と対称詞の構造
自称詞とは 対称詞とは 親族同士の対話 社会的情況の対話
5 親族名称の虚構的用法
第二の虚構的用法 自己中心語としての親族名称 親族名称の子供中心的な使い方 二人称としての僕
6 ことばと行動様式
具体的な役割の重視 役割の固定化と一元化 対象(相手)依存の自己規定
あとがき
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- ことばと文化 (岩波新書 青版 858)
- 著者
- 鈴木 孝夫
- レーベル
- 岩波新書 青版
- 出版社
- 岩波書店
- 発売日
- 1973年5月21日
- ISBN
- 4004120985