言葉は世界をそのまま写すものだと思っていた
「水」は水、「山」は山——言葉は現実をそのまま記号に置き換えたものだと、ずっと信じていました。日本語と英語が違うのは、同じ現実を異なる音で表しているだけで、表現される世界は同じはずだと思っていた。しかし、そうではないかもしれないという違和感は、外国語を学ぶうちにずっとあり続けていました。翻訳するとニュアンスが消える、対応する単語がない——それは「日本語が特殊だから」という問題ではなく、言語そのものが世界の切り取り方を決定しているという事実から来ていたのです。
英語に「湯」という単語はなく、日本語に「ワニの種類を区別する言葉」はない
鈴木孝夫がこの本で示す事例は、言語と文化の関係を鮮明に照らし出します。日本語では「水」「湯」「氷」を3つの異なる言葉で区別しますが、英語では「water」と「ice」の2種類しかありません。逆に日本語で「ワニ」と呼ぶものを、英語では「alligator」と「crocodile」に区別します。
これは単に語彙の多寡ではありません。日本文化では水の温度状態を区別することが重要で、英語文化ではワニの種類を区別することが重要だった——つまり言語は文化が「重要だ」と判断した区別を切り出し、そうでないものを一括りにします。世界が先にあって言語がそれを写すのではなく、言語が世界の「何を区別するか」を決めている。本書ではさらに、日本語の人称代名詞の複雑さ(「私」「僕」「俺」「わたくし」)と英語の「I」一語という差異が、両文化の社会構造の違いをどう反映しているかが展開されます。ぜひ本書で確かめてみてください。
外国語学習の意味が変わった
この本を読んでから、「英語が話せる」ということの意味が変わりました。英語で話せるようになることは、単に日本語の言葉を英語の言葉に置き換えるスキルを習得することではない。英語話者が世界をどのように分節しているかを理解することです。
逆に、日本語で考える自分の視点が、英語話者とは異なる世界の切り取り方をしているということでもある。「翻訳できない感覚」があるとき、それは表現の難しさではなく、分節の仕方の違いから来ています。言語を学ぶことは、別の世界の見方を学ぶことです。この視点を持ってから、英語の勉強が以前とは違う意味を持つようになりました。語彙や文法の問題ではなく、「英語話者はどう世界を分けているのか」という問いとして、英語を読むようになりました。
言語社会学の開拓者が書いた、最良の言語論入門
鈴木孝夫(1926〜2021年)は東京生まれ。慶應義塾大学文学部教授として言語社会学を確立し、日本語と日本文化の関係を独自の視点で研究し続けた言語学者です。外国語を手がかりに日本語の構造を照らし出すアプローチで知られ、「閉ざされた言語・日本語の世界」(新潮選書)など多くの著作がベストセラーになりました。本書は1973年の刊行で、言語と文化の関係を一般読者に向けて平易に語った古典として、半世紀後の今も多くの読者に読まれています。
この本を読まなければ、言葉を「現実の記号」として一生扱い続け、「なぜ翻訳するとニュアンスが消えるのか」という問いに答えられないままでいたはずです。言語が世界を作るという逆転の視点は、すべての言語学習の意味を深めてくれます。
鈴木孝夫著『ことばと文化』、購入はこちらから。