外国語を学ぶとは「単語と文法を覚えること」だとずっと思っていた
外国語の勉強とは、単語を覚えて、文法を習得して、正しい文を組み立てられるようになること——そう信じてきました。辞書を引けば意味がわかり、文法通りに並べれば通じる。それが外国語の習得であり、十分な語彙と正確な文法があれば言いたいことは伝わると思っていました。
でも、何年英語を勉強しても「なんとなくわかる」どまりで、ネイティブが話す言葉の温度や含みを感じ取れないことがありました。辞書通りに訳せているのに、そのニュアンスが腑に落ちない。文法的には正しいはずなのに、どこかずれた返しになる。その「わかっているようでわかっていない」感覚の正体が、長い間わかりませんでした。
鈴木孝夫著『日本語と外国語』を読んで、その問いへの答えがはっきりしました。
言語の違いは単語の違いではなく、世界の「切り取り方」の違いだった
著者が本書で示す事実は、単語の背後に文化の総体があるということです。辞書を引いて外国語を日本語に置き換えているだけでは、永遠に外国語を理解したことにはならない——この一文が、私の外国語観を根底から崩しました。
著者が挙げる例が鮮明です。虹の色の数は万国共通ではありません。日本語では7色とされますが、言語によって5色に見えたり、2色に分類されたりします。これは色覚の違いではなく、その言語が世界をどう切り取るかという認識の違いです。同様に、太陽の色や食べ物の名前も、言語ごとに異なる範囲を「一つの言葉」で括っています。単語を覚えることは、その言語が世界をどう分割しているかを学ぶことなのです。
本書にはさらに、漢字が持つ視覚的な特徴——著者が「テレビ型」と呼ぶ日本語の性質と、「ラジオ型」の西欧言語との比較も展開されます。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
英語のニュースを聞くときの「わかり方」が変わった
読む前と後で、外国語の学び方への向き合い方が変わりました。以前は「この単語はどんな意味か」という問いを常に立てていました。でも今は「この言葉が使われる場面ではどんな世界観が前提になっているか」という問いが先に来るようになりました。
具体的には、英語の会話を聞くとき、単語の意味を追うのではなく、その言葉が生まれた文化的文脈を想像するようになりました。たとえばある表現が「失礼」かどうかは、辞書ではわからない。その文化でどんな場面でその言葉が使われてきたかを知ってはじめてわかります。その感覚を持つようになってから、外国語が「記号の羅列」ではなく「別の世界の窓」として見えるようになりました。そしてその窓を通じて見える景色は、日本語という窓から見える景色とは少しずつ違う。その違いを意識すること自体が、世界の見方を豊かにするのだと気づきました。
「言語の数だけ、世界の見え方がある」という視点が手に入った
鈴木孝夫(1926-)は慶応義塾大学名誉教授で、言語社会学を専門とする研究者です。日本語と英語の比較を軸に、言語と文化の関係を半世紀以上にわたって研究してきました。本書は1990年の初版から2011年に40刷を数えるロングセラーであり、言語観を根底から問い直す一冊として多くの読者に読み継がれています。
この本を読まなければ、「単語を覚えれば外国語がわかる」という前提のまま、表面を滑るような外国語理解にとどまり続けていたでしょう。