言葉には「固定した意味」があると思っていた
ずっと言葉の意味というのは、辞書に書いてあるように各単語に固有のものがあり、正しく使えばそのまま伝わるものだと思っていました。「りんご」と言えばりんごが伝わり、「愛」と言えば愛が伝わる——そういう素朴な言語観を持っていました。しかしその考えでは、なぜ同じ言葉が文脈によってまったく違う意味になるのか、なぜ広告のコピーが一瞬で強烈な印象を残すのかが、どこかしっくりきませんでした。
その謎を解き明かしてくれたのが、池上嘉彦著『記号論への招待』でした。
意味は「記号と文脈のあいだ」に生まれる
記号論の出発点は、言葉(記号)には「それ自体に固定した意味はない」という認識です。ソシュールが指摘したように、「木」という音の連なりが「木」という概念と結びつくのは、日本語の慣習によってであり、英語話者には「tree」が同じ概念と結びつきます。つまり言葉と意味の関係は「恣意的」——必然性のないものです。
本書は身近な日本語の表現、ことわざ、広告コピー、ナンセンス詩を例に引きながら、コミュニケーションとはどんな仕組みで成立しているかを平易に解き明かします。「伝えるコミュニケーション」と「読み取るコミュニケーション」の違い、コードとコンテクストの関係——これらの概念が、日常の言語使用を見る眼を鋭くしてくれます。本書にはさらに、記号論が文化全体の解読にどう広がっていくかについての展望も示されており、ぜひ本書で確かめてみてください。
広告や会話の「なぜそう読めるのか」が見えてきた
この本を読んでから、広告コピーや日常会話の「なぜこれが効くのか」が少し見えるようになりました。以前は「響くコピーだ」と感じても、その理由を言語化できませんでした。今は「ここで使われているコードが何を呼び起こしているか」「コンテクストがどう意味を変えているか」という問いで分析できるようになり、言語への関心が一段深まりました。
東大大学院で言語学を専攻した研究者の平易な入門書
池上嘉彦は東京大学大学院博士課程を修了し、言語学と英語学を専門として大学で研究を続けた言語研究者です。難解になりがちな記号論を、日常的な例で丁寧に解きほぐす本書は、入門書でありながら本質的な問いを届けます。「言葉には固定した意味がある」という思い込みを持ったまま生きていたら、言語の豊かさと複雑さは、今も見えないままでした。