新書嫁レビュー
「沖縄問題」は本土の日本人に関係ないことだと、ずっと思っていた
2026-04-26
沖縄は遠い島で、基地問題は沖縄の人々の話だと思っていた
沖縄の米軍基地問題がニュースになるたびに、「複雑な問題だ」「安全保障との兼ね合いがある」という言葉で自分の中で処理してきました。本土に住む自分にとって、それはどこか他人事でした。沖縄戦で住民の三分の一が死んだことは知識として知っていても、それと今の基地問題がどうつながっているのかを、真剣に考えたことがなかった。大江健三郎がこの本を書いてから半世紀以上経つ今も、問いはまだ「現在進行形」であることを、読み始めて初めて感じました。
大江健三郎著『沖縄ノート』はこちらから読めます。
「本土のために沖縄が使われてきた」——その構造を大江は告発した
大江健三郎が沖縄を初めて訪れたのは1960年代です。1972年の本土復帰を前に書かれたこの本で、大江が問い続けるのは「本土と沖縄の関係」という根本的な問いです。沖縄戦において本土防衛の時間稼ぎのために住民の命が使われたこと、戦後も日本の安全保障のために沖縄だけが基地を引き受け続けていること——この「使う/使われる」という構造を、大江は本土の日本人として引き受けて問い直します。
「ヒロシマ・ノート」に続いて書かれた本書では、大江の文体はより内向的で苦しそうです。それは「告発する側」としてではなく、「加担している側」として自分を位置づけながら書いているからです。沖縄戦の「集団自決」に関する記述が一部で訴訟問題になったことでも知られますが、本書全体が問うのは「本土の日本人が沖縄に対して何をしてきたか、そして今も何をしているか」という問いです。その詳細はぜひ本書で確かめてみてください。
「他人事」が「自分のこと」になった
この本を読んでから、沖縄のニュースを聞くときの立場が変わりました。以前は「沖縄の人々が怒っている」という構図で見ていましたが、この本を読んでからは「なぜ本土に住む自分が、沖縄の基地問題を他人事として扱えるのか」という問いが先に来るようになりました。
「本土のために沖縄を使う」という構造は今も変わっていません。それを知ったうえで「仕方ない」と思うのか、それとも何かを問い直すのかは、個人の選択です。でも少なくとも、「複雑な問題だ」という言葉で思考を止めることには、以前ほど居心地の良さを感じられなくなりました。大江が半世紀前に問い続けたことが、今日もまだ答えを持たないまま続いている——その現実を知ることから始まります。
ノーベル文学賞作家が本土の日本人として引き受けた問い
大江健三郎(1935〜2023年)は愛媛県生まれ。1994年にノーベル文学賞を受賞した日本を代表する作家です。核兵器廃絶・反戦・差別の問題を文学と政治的発言の両面で問い続け、「ヒロシマ・ノート」(1965年)に続く本書は、本土の日本人として沖縄問題に向き合った証言的ノンフィクションとして1970年に刊行されました。出版後50年以上経ってもなお沖縄問題の本質は変わっていないという指摘が続いています。
この本を読まなければ、沖縄問題を一生「沖縄の人々の話」として処理し、本土の日本人がその構造にどう関わっているかを問えないままでいたはずです。
大江健三郎著『沖縄ノート』、購入はこちらから。
内容紹介
プロローグ 死者の怒りを共有することによって悼む
1 日本が沖縄に属する
2 『八重山民謡誌』'69
3 多様性にむかって
4 内なる琉球処分
5 苦が世
6 異議申立てを受けつつ
7 戦後世代の持続
8 日本の民衆意識
9 「本土」は実在しない
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- 沖繩ノート (岩波新書 青版 762)
- 著者
- 大江 健三郎
- レーベル
- 岩波新書 青版
- 出版社
- 岩波書店
- 発売日
- 1970年9月21日
- ISBN
- 4004150280