新書嫁レビュー
自分の死に方は自分が決める——その自由には、続きの問いがあった
2026-07-03
「死に方も葬られ方も、自分が自由に決めればいい」と思っていた
散骨でも家族葬でも、墓に入らない選択でも、自分の最期くらいは自分の好きに決めればいい。私はそう、わりと気軽に考えていました。多様な時代なのだから、誰に遠慮することもなく自由に選べばいいのだと。けれど、いざ自分の希望をはっきりさせようとすると、これは本当に自分一人で決めてしまっていいのだろうかという、うっすらとした引っかかりが残るのです。その正体を、橳島次郎著『これからの死に方』が静かに解きほぐしてくれました。
橳島次郎著『これからの死に方』はこちらから読めます。
葬送は「送られる側」だけのものではなかった
この本が突きつけてくるのは、葬送とは死ぬ側の自由であると同時に、残されて送る側のものでもある、という視点です。生命倫理を専門とする著者は、自分の死後を自由に望む権利は誰にでもある一方で、その希望を遺族や医師に強制する権利は誰にもない、と指摘します。本書は葬式をする・しない、墓に入る・入らないという四つの組み合わせを整理し、そこに直葬や自然葬、家族葬を位置づけるところから始まります。そのうえで、尊厳死をめぐる米国やオランダ、フランスの現状、自ら関わった「葬送の自由をすすめる会」の歩み、献体や遺体をめぐる問題、フランスと日本の散骨規制の比較までを丁寧にたどります。たとえば、医学のための献体は広く受け入れられてきましたが、では遺体を車の安全試験や兵器開発のために用いることは、本人が同意していれば許されるのか。こうした問いを前にすると、自由という言葉がいかに簡単ではないかを思い知らされます。自由を支えているのは、その裏にある反対意見や規制と十分に向き合った議論なのだと教えられます。あとがきの「行く者も残される者も、お互いみな遠慮なく面倒な人になろう」という一文は、自由という言葉の手応えを変えてくれます。本書では各国の制度や歴史的背景まで踏み込まれているので、ぜひ本書でその思考の道筋を確かめてみてください。
「自分の希望」を、対話の出発点として考えるようになった
この視点に触れてから、自分の最期について考えるときの構えが変わりました。以前は理想の送られ方を一人で思い描き、それを家族にただ伝えればいいと思っていました。散骨にしてほしい、墓はいらない、と希望だけを書き留めておけば事足りると考えていたのです。今は、自分の希望を結論ではなく、家族と話し合う出発点として置くようになりました。私はこうしたいけれど、それを担う人はどう感じるだろうかと、相手の負担や気持ちまで含めて考えるようになったのです。たとえば、散骨を望むにしても、それを実際に行う家族がどこで何をすればいいのか、その手間や心の負担まで一緒に考えておく。死後のことを口にするのは気が重いものですが、生きているうちに何度も話し、双方が納得しておく。その積み重ねこそが、自由を本物にするのだと感じています。
生命倫理を歩いてきた研究者だからこそ
この本を読まなければ、私はこれからも死に方を自分一人の自由だと思い込んだままだったはずです。著者の橳島次郎は、生命科学や医療の研究と臨床をめぐる科学技術政策を専門とし、生命倫理と科学技術文明論を長く論じてきた研究者です。人の自由に対する温かなまなざしを通底させながら、自由とそれに伴う責任の両面を冷静に見つめます。自分の最期は自分の自由、と一度も疑わずに考えてきた方こそ、ぜひこの一冊を手に取ってみてください。
橳島次郎著『これからの死に方』はこちらから読めます。
内容紹介
序章 死を前にした自由と不自由
人は、死を知る生きものである
人はなぜ弔いをするのか
日本の葬送文化──古い習俗と新しい伝統
いま、死を巡って起こっていること
根強い慣習
死の迎え方にも変化が
人は死を前にしてどこまで自由になれるか
本書の内容
第一章 死ぬのもたいへん──望みどおりに死ぬ自由はあるか
死に場所の多様化と末期医療の変化
自宅で死ににくいのは、死亡診断書がもらえないから?
自然に死なせてもらうには法律が必要?
死なせてくれと医師に頼む自由はあるか
医者まかせにせず自分で──米国での試み
医師に死なせてもらえる国、オランダ
さらなる自由を求めて──自己安楽死
死ぬときだって、自由には責任が伴う
日本ではどうするのがよいか
第二章 葬るのもたいへん──葬送はどこまで自由か
散骨の自由を求めて
自然葬運動が出てきた背景
墓をとりまく状況の変化と新形式の登場
散骨はらち外、「想定外」だった
葬法と葬式の違い
自由をすすめる、ということの意味
鳥葬をする自由はあるか
日本ではもう土葬はできない?
火葬が増えた時期とその背景
土葬を求める自由は受け入れられるか
宗教と異文化の問題
フリーズドライ葬で土に還る
葬送の自由のこれから
第三章 遺体の「第二の人生」──標本や実験材料になる自由はあるか
二〇年以上前の0葬
献体が市民権を得るまでの経緯
献体すると葬儀と墓はどうなるか
外科手術の練習台になる
展示標本になる
死体の展示は許されるか
フランスでは死体の展示は禁止された
本人が同意していればいいか
自動車事故の実験台になる
米国の葬送文化と献体の特殊性
兵器の実験台にするのはタブー
死体に弾を撃ち込んでいいか
人体を実験材料にしていい条件
憲法はどんな自由を認めているか
葬送の自由は学問の自由に似ている
学問の自由が認められる条件
死体を使う実験も学問の自由のうちか
葬送の自由が認められる条件
第四章 自分と送る者と国との関わり──葬送の自由をどう認めるか
散骨を規制する自治体が出てくる
規制の理由
法律をつくらないと葬送の自由は守れないか
フランスには散骨を認めた法律がある
遺灰の扱いを法律に定めた事情
フランスでは葬送は行政の責務
テロリストでも住民なら埋葬を拒めない
新しくつくられた遺灰の扱いの決まり
フランスの立法は葬送の自由を狭めた
なぜフランスでは葬送が国の業務なのか
一〇〇年かけて行われた政教分離
日本における国家と宗教と葬送
日本で葬送はどう規制されているか
葬送の自由を認める法律は必要か
法律ができたら葬送の自由は狭まる?
葬送は残される者のための営みでもある
個を尊重した共同の決定で
参照文献・資料
あとがき
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- これからの死に方 (平凡社新書)
- 著者
- 橳島 次郎
- レーベル
- 平凡社新書
- 出版社
- 平凡社
- 発売日
- 2016年3月17日
- ISBN
- 4582858082