新書嫁レビュー
名言集は前向きに励ましてくれるもの——その期待が、本当の慰めを遠ざけていた
2026-06-06
言葉の本というのは、背中を押してくれるものだと思っていた
有名な人の言葉を集めた本を手に取るとき、私はいつも「元気をもらおう」という気持ちで開いていました。きっと前向きで力強い言葉が並んでいて、落ち込んだ気分を持ち上げてくれるはず。名言集とはそういうものだ、と信じていたのです。けれど、その期待で読むと、時々妙な疲れが残ります。立派すぎる言葉は、まぶしすぎて、かえって今の自分との距離を感じさせる。励まされたいのに、励ましの言葉が自分を置いていくような、あの落ち着かなさ。樹木希林さんの『一切なりゆき 樹木希林のことば』は、その違和感の正体に気づかせてくれる一冊でした。これは背中を押す本ではなく、肩の力をそっと抜いてくれる本だったのです。
樹木希林著『一切なりゆき 樹木希林のことば』はこちらから読めます。
力強さではなく、力の抜けた言葉が人を支えていた
この本に収められているのは、奮い立たせる類の言葉ではありません。生きること、家族のこと、病や体のこと、仕事のこと、女と男のこと、そして出演作品のこと。六つの章にわたって、154のことばが選ばれています。その多くは、何かを成し遂げようと力む言葉ではなく、むしろ「持たない暮らし、物を買わないことはいいこと」といった、欲を手放した先にある静けさを語る言葉です。タイトルになっている「一切なりゆき」という一言そのものが、人生の流れに逆らわず、起きることをそのまま受け止めて生きるという姿勢を表しています。読者レビューにも「短い文章ばかりなので読みやすい」「気がつけばバイブルになっていた」という声がありましたが、この本の言葉が心に残るのは、立派だからではなく、肩の力が抜けているからなのだと思います。本書では、夫婦や闘病をめぐる、より個性的でユーモアのあることばも数多く収められています。長く別居しながらも離婚はしなかった夫との関係や、全身にがんが広がってからの体との向き合い方など、ふつうなら深刻になりがちな話題さえ、どこか可笑しみを帯びた言葉で語られます。深刻さを深刻なまま抱え込まず、少し離れたところから眺めて笑い飛ばす。その距離の取り方こそが、読む人の心をふっと軽くしてくれるのだと思います。
頑張らなくていいと知ると、日常の景色がやわらかくなった
読む前の私は、調子が悪い日ほど「もっと前向きにならなければ」と自分を追い立てていました。名言を読んで奮い立つことが、正しい立ち直り方だと思っていたのです。けれど読んだ後は、うまくいかない日があっても「まあ、なりゆきだ」と一度受け止められるようになりました。すべてをコントロールしようとせず、流れに身を任せる余白が生まれたのです。すると不思議なことに、これまで気を張っていた家族との会話や、思うようにいかない一日が、少しやわらかく見えてくる。無理に明るくふるまわなくていい、と思えるだけで、肩の荷が一つ下りる感覚がありました。励まされるのではなく、許される。そんな読書体験でした。
知らないままなら、ずっと頑張ることだけが正解だと思っていた
この本を読まなければ、私はこれからも「前向きであること」が立ち直りの唯一の道だと信じ続けていたはずです。力を抜くことがこんなにも人を支えるのか、と静かに教えられました。樹木希林さんは、内田裕也さんとの個性的な結婚生活や、全身がんを公表してからも淡々と演じ続けた姿で知られる、日本を代表する俳優です。その生前のインタビューや対談から選び抜かれた言葉だからこそ、飾りのない実感が一行ごとに宿っています。頑張ることに少し疲れた人に、そっと差し出したい一冊です。
樹木希林著『一切なりゆき 樹木希林のことば』はこちらから読めます。
内容紹介
2018年9月15日、女優の樹木希林さんが永眠されました。樹木さんを回顧するときに思い出すことは人それぞれです。古くは、テレビドラマ『寺内貫太郎一家』で「ジュリー〜」と身悶えるお婆ちゃんの暴れっぷりや、連続テレビ小説『はね駒』で演じた貞女のような母親役、「美しい方はより美しく、そうでない方はそれなりに……」というテレビCMでのとぼけた姿もいまだに強く印象に残っています。近年では、『わが母の記』や『万引き家族』などで見せた融通無碍な演技は、瞠目に値するものでした。まさに平成の名女優と言えるでしょう。
樹木さんは活字において、数多くのことばを遺しました。語り口は平明で、いつもユーモアを添えることを忘れないのですが、じつはとても深い。彼女の語ることが説得力をもって私たちに迫ってくるのは、浮いたような借り物は一つもないからで、それぞれのことばが樹木さんの生き方そのものであったからではないでしょうか。本人は意識しなくとも、警句や名言の山を築いているのです。
それは希林流生き方のエッセンスでもあります。表紙に使用したなんとも心が和むお顔写真とともに、噛むほどに心に沁みる樹木さんのことばを玩味していただければ幸いです。
はじめに
【第1章】生きること
【第2章】家族のこと
【第3章】病いのこと、カラダのこと
【第4章】仕事のこと
【第5章】女のこと、男のこと
【第6章】出演作品のこと
喪主代理の挨拶 内田也哉子
樹木希林年譜
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- 一切なりゆき 樹木希林のことば (文春新書 1194)
- 著者
- 樹木希林
- レーベル
- 文春新書
- 出版社
- 文藝春秋
- 発売日
- 2019年1月5日
- ISBN
- 4166611941