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日本美の再発見 増補改訳版 (岩波新書)

ブルーノ・タウト篠田 英雄

岩波新書 / 岩波書店

1962年2月20日発売

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新書嫁レビュー

日本人が気づかなかった日本の美を、外国人建築家が泣きながら発見した

2026-04-20

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日光東照宮こそ、日本美の頂点だと思っていた

修学旅行で日光東照宮を訪れたとき、その豪壮な装飾に圧倒されました。金や朱の細工が施された陽明門、眠り猫、三猿——これだけ手の込んだ美しさを世界に誇れる、というのが正直な感想でした。日本建築の美といえば、こうした緻密な装飾の積み重ねにあると長いあいだ思っていました。だからこそ、桂離宮の写真を見たとき、どこが特別なのかがよくわかりませんでした。白と黒と木の色だけで構成された、どこかそっけない建物。見ても見ても、「すごい」という感情が湧いてきませんでした。その違和感の正体がわからないまま、日本美というものがどこか他人事のように感じられていました。

ブルーノ・タウト著(篠田英雄訳)『日本美の再発見』はこちらから読めます。

ドイツ人建築家が日本に来て、真っ先に泣いたのは桂離宮だった

1933年5月4日、ドイツから亡命してきた建築家ブルーノ・タウトは、来日の翌日に桂離宮に案内されました。そのとき残した言葉が「泣きたくなるほど美しい」です。世界的な建築家が、日本に着いてすぐ目にした場所で涙を流しそうになった。

同じタウトが、日光東照宮には全く逆の評価を下しています。「すべてが威圧的で少しも親しみがない」「華麗だが退屈だ」「建築の堕落だ」——日本人が誇り、外国人観光客が列をなして訪れる場所を、タウトは容赦なく否定しました。この落差の意味を、本書はゆっくりと解き明かしていきます。なぜ装飾を削ぎ落とした簡素さのほうが、装飾を極めた絢爛さより深く人の心を動かすのか。本書では桂離宮だけでなく、飛騨・白川郷の合掌造りや秋田の農家についての記録も収められており、タウトが日本各地に見出した美の本質については、ぜひ本書で確かめてみてください。

「日本美がわからない」という感覚の正体がわかった

この本を読んでから、日常の何でもない光景が変わりました。畳の部屋に差し込む午後の光、縁側から見える庭の苔、漆喰の白壁の質感——それまでは「古くて地味なもの」として流していたものが、意図して設計された「美の空間」として見えるようになりました。タウトが発見した桂離宮の美は、日本中の無数の「地味な場所」に息づいているものだと気づいたからです。

日光東照宮を見て「すごい」と感じていた頃は、美しさとは目に見えるものを詰め込むことだと思っていました。でも今は、何を取り除くかを決めることこそが美意識の本体なのだと感じます。飾らない、見せびらかさない、余白を大切にする——それが日本建築の一つの精髄であることを、日本人ではなくドイツ人に教わったという奇妙な逆転が、この本の読後もずっと頭に残ります。日本人である自分が見えていなかったものを、外の目が照らし出す。その感覚は、自分の国の文化を初めて「外から」見た瞬間のような、静かな驚きでした。

ナチスを逃れた建築家だからこそ見えたもの

ブルーノ・タウトは1880年にドイツ東プロイセン生まれ。1914年のケルン工作連盟博覧会で発表した「ガラスの家」が国際的な注目を集め、ドイツ表現主義を代表する建築家として知られていました。1933年にナチスが政権を握ると、タウトはドイツを離れ、招待を受けて日本に亡命。約3年半の日本滞在ののち、1936年にトルコのアンカラで没しています。本書はタウトが帰らぬ人となった後、1939年に篠田英雄が編集して出版した遺稿集です。

この本を読まなければ、日光東照宮が「頂点」で、桂離宮は「地味なもの」という逆転した認識を、一生持ち続けていたはずです。日本の美を発見したのが日本人でなく外国人だったという事実は、自分が何を当然視して見えていなかったか、を静かに問いかけてきます。

ブルーノ・タウト著(篠田英雄訳)『日本美の再発見』、購入はこちらから。

内容紹介

日本建築の基礎

日本建築の世界的奇蹟

伊勢神宮

飛騨から裏日本へ

冬の秋田

永遠なるもの──桂離宮

あとがき

出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。

書誌情報

書名
日本美の再発見 増補改訳版 (岩波新書)
著者
ブルーノ・タウト / 篠田 英雄
レーベル
岩波新書
出版社
岩波書店
発売日
1962年2月20日
ISBN
4004000106