新書嫁レビュー
「日清・日露戦争は富国強兵の必然的な勝利だった」という思い込みが、「やる必要のなかった戦争」という問いを見えなくしていた
2026-05-16
「日清・日露戦争は近代化を遂げた日本が国際社会に認められるための、避けられない必要な戦争だった」とずっと思っていた
日清・日露戦争といえば、近代化に成功した日本が清やロシアという大国に挑み、アジアで初めて西洋列強に勝利した「明治の輝かしい成果」として理解していました。戦争は国家の生存のために必要な選択であり、勝利によって日本が一等国の仲間入りを果たしたという物語として受け取っていました。台湾・朝鮮という植民地の獲得も、「帝国主義の時代の当然の結果」として大きな疑問なく受け入れていました。
でも、戦争の勝利の裏にある病死者の数や戦地での実態、民衆が戦争をどう受け止めていたかについて、うまく説明できないままでいました。「輝かしい明治」という像と、戦争が繰り返された現実の間のずれが、どこかひっかかっていました。
原田敬一著『日清・日露戦争』を読んで、そのひっかかりの正体がわかりました。
原田敬一著『日清・日露戦争』はこちらから読めます。
「戦後が戦前だった時代」——日清・日露戦争は次の戦争への準備期間でもあった
著者が本書で示す核心は、日清・日露戦争を「やる必要のなかった戦争」として問い直す視点です。帝国議会が開かれた国内では藩閥政府と民党の対立が続く中、政府は国民統合の手段として対外戦争を利用していった側面があります。著者は日清戦争終了後を「戦後」と同時に「次のロシアとの戦争の戦前」として論じており、日本が戦争から戦争へと連鎖していく構造が明治期にすでに出来上がっていたことを示します。
特に印象的なのは、戦死者よりも病死者のほうが多かったという事実です。日清・日露両戦争において、戦場での死よりも疾病による死のほうが数としては上回っており、兵站や医療体制の問題が兵士の生命に深く関わっていました。「勝利の物語」が語らないこの数字は、戦争を「国家の意思」としてだけでなく「兵士の身体の問題」として見ることの重要性を示します。本書にはさらに、台湾征服戦争の実態と、幸徳秋水たち平民社の戦争批判がどのように生まれたかが詳しく描かれています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
「明治の成功物語」に乗っていた自分の視点が、問いを持つ視点へと変わった
読む前と後で、近代日本史への向き合い方が変わりました。以前は日清・日露の勝利を「よくやった」という感覚で受け取っていました。でも今は、「その戦争は誰が決め、誰が死に、誰が利益を得たのか」という問いを持ちながら読むようになりました。
具体的には、日露戦争後のポーツマス条約に民衆が激しく反発した「日比谷焼き討ち事件」を思い出すとき、「勝ったはずなのになぜ」という違和感の正体がわかるようになりました。政府が「勝利」と言っても、民衆には賠償金も得られない講和として映った——この乖離が、「国家の戦争」と「民衆の戦争」が別物であることを示しています。近代日本を「成功の物語」としてだけ受け取っていた視点が崩れ、戦争の光と影を同時に見る眼が生まれました。
佛教大学名誉教授が「輝かしい明治像」を問い直す世紀転換期の20年を描いた
原田敬一は佛教大学名誉教授として日本近代史・軍事史を専門とし、日清・日露戦争期の国家と社会の関係を問い続けてきた研究者です。「軍隊と地域社会」の視点から戦争と民衆の関係を研究してきた著者だからこそ、本書では国家の意思決定だけでなく、兵士・民衆・批判者の目線から戦争の実態が描かれています。
この本を読まなければ、日清・日露戦争を近代化の成果として受け取ったまま、病死者の数と戦争の連鎖構造が問いかける「やる必要のなかった戦争」という問いと向き合う機会を持てないままでいたでしょう。
原田敬一著『日清・日露戦争』はこちらから読めます。
内容紹介
立憲国家となった日本は、日清戦争、北清事変、日露戦争とほぼ五年ごとに大きな戦争を繰り返し、台湾と朝鮮という二つの植民地を獲得した。帝国議会が開かれた国内では、藩閥政府と民党のせめぎあいが続く一方、国民統合の動きも見られる。「輝かしい明治」像を問い直しながら、「大日本帝国」が姿を現した世紀転換期の二〇年を描く。
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- 日清・日露戦争: シリーズ 日本近現代史 3 (岩波新書 新赤版 1044 シリーズ日本近現代史 3)
- 著者
- 原田 敬一
- レーベル
- 岩波新書 新赤版 1044 シリーズ日本近現代史
- 出版社
- 岩波書店
- 発売日
- 2007年2月20日
- ISBN
- 400431044X