新書嫁レビュー
登山の歴史とは用具の歴史だった——ピッケル一本が「不可能な山」を塗り替えた
2026-05-06
山に登るのは「精神力と体力」であり、道具はただの補助だとずっと思っていた
山岳登山の世界とは、究極的には人間の精神力と体力の問題であり、道具はその助けをする二次的なものだと思っていました。ヒマラヤを征服した登山家の話を聞けば、その偉業の背後には壮絶な意志があったはずで、道具の進化よりも人間としての資質こそが本質だと信じていました。
でも、なぜ同じ山でも時代によって「登れる/登れない」が変わるのか、という疑問が常にありました。人類の体力や意志がそれほど変わったとは思えない。それでも不可能とされた山が可能になっていく。その理由が、うまく説明できないまま過ごしていました。
堀田弘司著『山への挑戦』を読んで、その問いへの答えが見えました。
堀田弘司著『山への挑戦』はこちらから読めます。
登山の限界を変えてきたのは「用具の発明」だった
本書が語るのは、登山靴・ピッケル・アイゼン・ザイル——これら一つひとつの道具が発明・改良されるたびに、登れる山の範囲が広がっていったという事実です。ピッケルは最初、スキー用のストックとして使われていましたが、氷雪の斜面を刻む道具として改良されることで、それまで「命がけ」だった斜面が「技術的に可能」に変わりました。
19世紀のアルプス黄金時代に次々と初登頂が達成されたのは、勇敢な精神だけでなく、その時代の用具レベルが次のステージを開いたからです。同時に、用具が追いつかない挑戦は多くの悲劇を生みました。ザイルの強度が増すにつれて「落ちても助かる」登山が可能になり、新しい登攀スタイルが生まれた。本書はその連鎖を、用具一つひとつの進化史として丁寧に描きます。本書にはさらに、ルックザックとテントの発展という地味だが重要な用具の話も展開されます。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
道具の背後にある人間の思考が、景色に深みを与えた
読む前と後で、道具を見るときの目が変わりました。以前は道具はただの機能の集まりだと思っていました。でも今は、一つの道具の形に、無数の試行錯誤と悲劇と発見が凝縮されていると感じるようになりました。
たとえばピッケルを登山用品店で見るとき、今は「この形になるまでに何人が斜面で死に、何人がどう改良したのか」という問いが浮かびます。道具はただ使われるものではなく、使った人間の歴史そのものです。その感覚が生まれてから、博物館で古い道具を見るときも、アウトドアショップで現代の用品を見るときも、その背後にある思考の連なりが想像できるようになりました。山に登ったことがない人間でも、この本を読めば「人間が山に挑む」という行為の意味が違って見えてきます。そして道具への眼差しが変わることは、技術と人間の関係全般への問いを広げることでもあります。
「挑戦の歴史」は「用具の歴史」でもある
堀田弘司は長年にわたって登山史と山岳文化を研究してきた著者であり、本書は1990年に岩波新書として刊行されました。登山という行為を「人間と用具の共進化」として捉えるユニークな視点は、登山者だけでなく、技術と人間の関係に関心を持つ幅広い読者に支持されてきました。
この本を読まなければ、「山を征服するのは精神力だ」という物語のまま、用具が人間の限界を塗り替えてきた歴史を見落としていたでしょう。道具と人間が互いを変え合いながら未踏の世界を開いていく——その視点は、登山に限らず人間の挑戦の本質を照らします。
堀田弘司著『山への挑戦』はこちらから読めます。
内容紹介
人は山に登り続けてきた。そしてその傍らには常に用具が影のように寄り添っている。山に対する飽くなき挑戦は登山靴、ザイル、ピッケルなどの脇役に何を求め、また用具は登山をどう変えてきたのか。登山用具の開発と普及の歩みをたどりながら、多くの悲劇や論争、人びとの苦闘と情熱を浮かび上がらせるユニークな登山史。
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- 山への挑戦: 登山用具は語る (岩波新書 新赤版 126)
- 著者
- 堀田 弘司
- レーベル
- 岩波新書 新赤版
- 出版社
- 岩波書店
- 発売日
- 1990年6月1日
- ISBN
- 4004301262