新書嫁レビュー
「間違い」を笑い飛ばすことで、シェイクスピアは人間の愚かさを愛していた
2026-07-16
シェイクスピアは難しいもので、悲劇の作家だと思っていた
シェイクスピアというと、ハムレット・マクベス・リア王といった重厚な悲劇のイメージが強く、現代の人間が日常的に楽しめるものというより、古典として敬遠される存在として捉えていました。「読むべき古典」として知っているが、実際に手を取るのは気が重い——そんな距離感があったのです。
でもこの本を読んで、シェイクスピアの喜劇には「人間の愚かさをユーモアで包む」という普遍的な温かさがあり、現代の読者も思わず笑いながら読み進められる軽やかさがあることがわかりました。悲劇の巨匠だと思っていたシェイクスピアの別の顔が、ここにありました。
この本が、シェイクスピアへの見方を変えてくれました。
ウィリアム・シェイクスピア著・小田島雄志訳『間違いの喜劇』はこちらから読めます。
「人違い」から生まれる笑いは、人間の思い込みへの愛ある皮肉だった
本書は、シェイクスピア全集の日本語訳として長年高く評価されてきた小田島雄志訳でシェイクスピアの喜劇『間違いの喜劇』(The Comedy of Errors)を収録した白水Uブックスの一冊です。白水Uブックスは、外国の古典文学を日本語で親しみやすく読めるシリーズとして知られています。
『間違いの喜劇』は、双子の兄弟の人違いが引き起こす大騒動を描いた喜劇です。同じ顔の二人が入れ替わって起きる誤解の連鎖——妻が夫を取り違える、主人が使用人を間違える、商人が全く別の人物に商品を渡してしまう——こういった混乱が積み重なる中で、人間の「思い込み」がいかに強固であるかが笑いの形で描かれています。一度「この人はAだ」と思い込んだら、その後の全ての行動がその思い込みに基づいて解釈されてしまう——シェイクスピアはこの認知の性質を、喜劇の形で鮮やかに可視化しています。
シェイクスピアが喜劇で描くのは、人間の愚かさへの嘲笑ではなく「温かい皮肉」です。思い込みによって引き起こされる混乱を笑いながら、読者は自分自身の思い込みへの視点を自然に得ることができます。笑いとは批評であり、同時に自己認識への鏡でもあります。小田島雄志の軽やかでユーモアある翻訳が、400年前の笑いを現代にリアルに届けてくれます。本書にはさらに、シェイクスピアの生きた時代背景と、この喜劇が書かれた意図についての解説も収録されています。ぜひ本書で確かめてみてください。
古典の「笑い」が、現代の人間を映す鏡になった
この本を読んでから、「古典は難しい」という思い込みが崩れました。400年前に書かれた喜劇が、現代の人間関係のすれ違い・思い込み・誤解を見事に映し出している事実が、古典への入口を広げてくれます。
シェイクスピアが描く「間違い」は、時代を超えて人間が繰り返す普遍的なパターンです。笑いを通して人間を見る目が、この作品で磨かれます。
名翻訳者が届けるシェイクスピア喜劇の世界
シェイクスピア全集の日本語訳で知られる小田島雄志の翻訳で、シェイクスピア最初期の喜劇『間違いの喜劇』を収録した一冊です。喜劇の軽やかさと人間観察の鋭さが同居する作品を、現代日本語で楽しめます。
この本を読まなければ、シェイクスピアを「悲劇の古典作家」として遠ざけたまま、その喜劇が持つ笑いと人間への温かい眼差しを知らずにいたと思います。
ウィリアム・シェイクスピア著・小田島雄志訳『間違いの喜劇』はこちらから読めます。
書誌情報
- 書名
- シェイクスピア全集 間違いの喜劇 (白水Uブックス)
- 著者
- ウィリアム・シェイクスピア / 小田島雄志
- レーベル
- 白水Uブックス
- 出版社
- 白水社
- 発売日
- 1983年10月1日
- ISBN
- 9784560070055