新書嫁レビュー
「脅されて開国した」ではなかった。幕府が知っていた、もうひとつの黒船の真実
2026-04-19
日本は「脅されて開国した」のではなかった
歴史の見方が変わると、今の世界の見え方まで変わることがあります。
中学や高校の日本史の授業で、黒船来航はこんなふうに教わりませんでしたか。1853年、アメリカのペリー提督が率いる4隻の黒船が突然浦賀沖に現れた。大砲を積んだ巨大な蒸気船を目の当たりにした幕府は、圧倒的な軍事力の前にひれ伏し、やむなく開国の交渉に応じた——。教科書の記述は概ねそういう流れで、「突然来た」「圧倒的な力に負けた」という印象が強く残ります。
でも、その思い込みを抱えたまま日本の近現代史を読もうとすると、どこかつじつまが合わない感覚がずっとありました。なぜ幕府はあれほど冷静に交渉できたのか。なぜ明治の指導者たちはあれほど戦略的に動けたのか。「突然の脅威に屈した国」という像と、その後の日本の動きがうまく重ならないのです。その引っかかりを放置したまま何年も過ごしてきましたが、加藤祐三著『黒船異変―ペリーの挑戦』を読んでようやく腑に落ちました。
加藤祐三著『黒船異変―ペリーの挑戦』はこちらから読めます。
幕府は「知っていた」——それはどういうことか
本書が明かす最も衝撃的な事実は、「幕府はペリーの来航を事前に知っていた」という点です。「突然来た」は、半分しか本当ではなかったのです。
では、どうやって知ったのか。鍵を握るのは、長崎の出島にあったオランダ商館です。江戸時代、日本が唯一の窓口として維持していたオランダとの交易ルートは、単なる貿易路ではありませんでした。幕府はオランダ商館を通じてヨーロッパやアメリカの政治情勢を定期的に入手していました。「オランダ風説書」と呼ばれるこの情報報告書によって、幕府はアメリカが太平洋への進出を本格化させていること、捕鯨船の補給や蒸気船の石炭調達のために日本との通商を求めていることをすでに把握していたのです。
ペリー艦隊が浦賀沖に現れた1853年7月、それは幕府にとってある程度予期されていた出来事でした。驚いたのはその規模と迫力だったかもしれませんが、アメリカが来ること自体は織り込み済みだったのです。
では、なぜ戦わなかったのか。答えは中国にありました。1840年代のアヘン戦争で、当時のアジア最強と思われていた清がイギリス海軍に完敗しています。その現実を幕府はリアルタイムで——やはりオランダ経由で——見ていました。戦えば同じ運命をたどる。そう判断したからこそ、あえて戦争を回避して交渉の席についたのです。「脅されて従った」のではなく、最悪の未来を回避するための冷静な選択でした。
ただ、これは本書が描く全体像のほんの一端です。ペリー自身がワシントンからどういう命令を受け、どういう葛藤を抱えていたか——アメリカ側の内部事情についても本書は一次資料をもとに詳しく掘り下げています。開国という「結論」の裏側にあった複数の人間の意思と判断のぶつかり合いを、ぜひ本書を通じて確かめてみてください。
この本を読む前と後では、近代史の見え方が変わる
読む前の自分は、幕末を「欧米に翻弄された時代」として漠然と捉えていました。開国も、その後の明治維新も、外圧によって動かされた歴史だという印象がありました。
でも、幕府が状況を分析し、戦争を意図的に回避して交渉をしていたと知ると、「日本という国はどんな国なのか」という自分の中の像そのものが変わります。受け身で外圧に従ってきた国ではなく、情報を集め、先例から学び、最善の選択を積み重ねてきた国だったと分かると、明治以降の近代化の速度も、戦後の復興も、まったく違う文脈で読めるようになりました。過去だけでなく、今の日本を見る目線まで変わった感覚があります。歴史を「被害者の物語」ではなく「判断の物語」として読む視点が、自分の中に根づいた気がしています。
知らないままだったら、ずっとしっくりこないままだった
著者の加藤祐三氏は、横浜市立大学の学長を務めた近代東アジア史の専門家です。日米双方の一次資料にあたり、国際政治の文脈から黒船来航を読み直す視座は、一般的な幕末本とは一線を画しています。岩波新書というコンパクトな体裁ながら内容の密度は高く、読み終えたあとに「なんとなく引っかかっていたあの感覚」がすっと解消されました。
加藤祐三著『黒船異変―ペリーの挑戦』、購入はこちらから。
内容紹介
一八五三年七月、巨大な黒船四隻が浦賀沖に現れた。噂は日本国中をかけめぐり、幕藩体制は大きな動揺をきたす。ペリー来航は日本社会にどのような衝撃を与えたのか、戦争に至らずに条約が結ばれた背景は何なのか。日本近代の開始を「異変」という概念でとらえ、開国へ向けての日米の情報の流れを解明し、幕末社会が変容する姿を描く。
出版社による紹介文です(楽天ブックスの書誌情報より)。
書誌情報
- 書名
- 黒船異変―ペリーの挑戦 (岩波新書の江戸時代)
- 著者
- 加藤 祐三
- レーベル
- 岩波新書の江戸時代
- 出版社
- 岩波書店
- 発売日
- 1993年7月1日
- ISBN
- 4000091301