戦争は、終戦の日で完結する物語だと思っていました
戦争の物語は、玉砕や特攻や、あるいは終戦の日の玉音放送で幕を閉じるのだと、私はずっと思っていました。教科書もドラマも、たいてい「戦争が終わった」ところで筆を置きます。生き延びた兵士たちがその後どんな人生を送ったのかは、誰も教えてくれません。慰霊碑の前に立っても、どこかしっくりこないものが残っていました。名前も知らない誰かの「その後」を、私は一度も想像したことがなかったのです。神立尚紀の『ドキュメント 軍人たちの戦後』を読んで、その認識は根底から崩れました。
「生きて虜囚の辱めを受けず」のはずが、戦後は経営者になっていた
本書に描かれる酒巻和男の人生は、その最たるものです。1941年12月8日、真珠湾攻撃に特殊潜航艇で参加した10人のうち、故障で座礁し、ただ一人アメリカ軍に捕らえられて「捕虜第一号」となった海軍少尉です。他の9人は「軍神」として祀られました。生きて虜囚となった酒巻は、戦後トヨタ自動車工業に入社し、ブラジル現地法人の社長まで務めて81歳で世を去っています。「軍神」と「捕虜」を分けたのは紙一重の偶然でしかなかったのに、その後の人生はここまで違うのです。本書にはさらに、零戦搭乗員でありながら戦後は「牛たん」を仙台名物に育て上げた大川原要や、BC級戦犯容疑から逃げ延びた山辺雅男、存在そのものを歴史から消された「桜花」発案者・大田正一の記録も収められています。それぞれの「その後」がどう転んだのかは、ぜひ本書で確かめてみてください。
慰霊碑の前で、名前のない誰かを想像するようになった
この本を読む前は、慰霊碑や戦争関連のニュースを目にしても、遠い過去の出来事として素通りしていました。読んだ後は違います。仙台で牛たんを食べるとき、そこに元零戦搭乗員の第二の人生があったかもしれないと考えるようになりました。テレビで見かける古い写真の若い兵士たちにも、生きて帰った後の何十年かがあったはずだと、自然に想像するようになりました。戦争は「終わった日」で止まっている出来事ではなく、そこから何十年も続いていく個人の人生の集積なのだと、輪郭を持って感じられるようになりました。
知らずにいたら、ずっと「戦争は終戦で完結する話」だと思い込んだままだった
著者の神立尚紀は、1986年から講談社「フライデー」の専属カメラマンを務めたのち、1995年に戦後50年の特集取材をきっかけに戦争体験者の取材を始め、97年からフリーとなった人物です。1995年の取材開始から30年近くにわたり、150人を超える元零戦搭乗員をはじめ、遺族など関係者500人以上に直接会って話を聞いてきた、その蓄積があるからこそ書ける記録だと思います。もし手に取っていなければ、私はいまも「戦争は終戦の日に完結する話」だと思い込んだままだったはずです。
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