インパール作戦は「愚かな指揮官の失敗」として知っていた
インパール作戦というのは、太平洋戦争末期の「無謀な作戦」として教科書で習いました。牟田口廉也中将の判断ミス、補給を無視した強行、多数の死者——これらをまとめて「愚かな作戦だった」と学んだ記憶があります。しかしその理解では、「なぜその作戦が実行されたのか」「現場の兵士たちは何を経験したのか」という問いに、どこかしっくりとした答えが出ませんでした。「愚か」という言葉が、何かを覆い隠しているような感覚がありました。
その感覚の正体に迫らせてくれたのが、丸山静雄著『インパール作戦従軍記』でした。
従軍記者だからこそ見えた「作戦の現実」
著者・丸山静雄は朝日新聞の従軍記者として、インパール作戦の最前線を取材した人物です。この従軍記を1冊にまとめるまでに、戦後から40年の歳月が必要でした。本書に記録されているのは、作戦指導部の判断だけでなく、前線で何が起きていたかの具体的な場面です。補給が途絶えた行軍の実態、インド国民軍との協力と摩擦、そして退却行の悲惨さ——「愚戦」という一言では届かない、個々の人間の経験が記録されています。
第二章「インパール作戦考」では、作戦全体の経過とその判断の問題点が整理されており、「なぜこの作戦が実行されたのか」という問いへの著者なりの答えが示されています。本書にはさらに、現地のビルマ人や異民族との関係についての記録もあり、ぜひ本書で確かめてみてください。
「愚戦」という言葉の向こうに人間の顔が見えた
この本を読んでから、「インパール」という言葉を聞くとき、数字ではなく個々の人間の経験が浮かぶようになりました。以前は「犠牲者数万人」という数字で理解していましたが、今はその数字の背後に、退却の途中で倒れた一人ひとりの時間が感じられるようになりました。戦争を「判断の失敗」として記録することと、「経験した人間の現実」として記録することは、まったく異なる行為だということが腑に落ちました。
40年かけて書かれた従軍記者の証言
丸山静雄は朝日新聞記者として最前線に立ち、その経験を戦後40年以上かけて1冊にまとめ上げた人物です。「無謀な作戦の失敗」という一行で済まされてきたインパール作戦が、現場にいた人間の目を通すと全く違う重さを持ちます。「愚戦だった」という言葉で理解を止めていたら、その場にいた人間たちの経験は、今も数字の陰に埋もれたままでした。