多文化共生は、きれいごとか、さもなければ衝突だと思っていた
外国人住民が増えるという話題になると、私はつい二つのどちらかで考えていました。多様性は素晴らしいという理想論か、あるいはトラブルが増えて住みにくくなるという不安か。共生という言葉も、現実を知らない人が掲げる建前のように感じていたのです。けれど自分の街でも外国人の姿を見かけるたびに、では実際にどう暮らしを重ねていけばいいのか、その具体像がまるで描けないことに、ずっと落ち着かなさを感じていました。岡崎広樹さんの『外国人集住団地――日本人高齢者と外国人の若者の“ゆるやかな共生”』は、その宙ぶらりんな問いに現場から答えてくれる一冊でした。
半数以上が外国人の団地で、対立ではなく「ゆるやかな共生」が育っていた
本書の舞台は、住民の半数以上が外国人で、かつて「チャイナ団地」とも呼ばれた埼玉県川口市の芝園団地です。著者はそこに自ら住み、自治会の事務局長として日々のトラブルに向き合ってきました。本書が描くのは、ゴミ出しや騒音をめぐる摩擦という現実であり、同時に、無理に分かり合おうとせず適度な距離を保つ「ゆるやかな共生」という落としどころです。学生ボランティアと共に進めた「芝園かけはしプロジェクト」のように、対立でも同化でもない第三の道が具体的に語られます。完全に分かり合うことを目標にすると、達成できないときに失望が残る。けれど、お互いの生活を壊さない最低限のルールを少しずつ共有していくなら、関係は無理なく続いていく。本書が「ゆるやかな」という言葉を選んだ理由が、読み進めるうちに腑に落ちてきます。日本人住民の多くが高齢者で、外国人住民の多くが若い世代だという、年齢の偏りが生む独特の難しさも見えてきます。本書ではさらに、各地の集住地域の取り組みや、日本人同士ですら難しい「共存」の本質にも踏み込んでいます。共生の現実を知りたい方は、ぜひ本書で確かめてみてください。
自分の街で見かける光景の、解像度が上がった
この本を読んでから、近所で外国人の家族を見かけたときの感じ方が変わりました。以前は、増えているな、大丈夫だろうか、と漠然とした不安だけがよぎっていました。今は、この人たちにも生活のリズムや事情があって、ちょっとしたルールの共有がきっと鍵なのだろう、と一歩踏み込んで想像できるようになったのです。共生を、全部わかり合う理想ではなく、距離を測りながら同じ場所で暮らす技術として捉え直せると、街の風景が少しだけ近しいものに見えてきました。たとえば集合住宅の掲示で多言語の案内を見かけたとき、以前なら気にも留めなかったのが、これも小さな橋を架ける工夫なのだと受け取れるようになったのです。不安の正体が分からないままだと身構えてしまう。けれど現場の実像を一つ知るだけで、構えはずいぶんほどけていきます。
知らないままだと、不安か理想論のどちらかに留まっていた
もしこの本を読まなければ、私は外国人住民の問題を、漠然とした不安か空疎な理想論のまま放置していたはずです。著者の岡崎広樹さんは早稲田大学を卒業後、三井物産を経て松下政経塾で学び、芝園団地に移り住んで自治会の運営を担ってきた実践者で、その取り組みは地球市民賞も受賞しています。机上ではなく現場で格闘してきた人だからこそ書ける、共生のリアルがここにあります。多文化共生を遠い話だと思っている方にこそ、読んでほしい一冊です。