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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

「昭和史の語り部」は、最初から歴史家だったわけではなかった

半藤一利は生まれながらの歴史家だと思っていた

『日本のいちばん長い日』や『昭和史』の著者として知られる半藤一利さん。私はずっと、この人は若い頃から歴史にのめり込み、最短距離で「昭和史の語り部」になった人なのだと思い込んでいました。あれほどの仕事を残した人なのだから、きっと早くから天賦の才を発揮していたに違いない、と。けれど、そう思い込んでいると、自分のような遠回りばかりの人生はどうにも分が悪く感じられて、どこか息苦しさが残っていました。半藤さんの自伝『半藤一利 わが昭和史』を読んで、その思い込みは根底から崩れました。彼は決して、まっすぐに歴史家になった人ではなかったのです。

東京大空襲を生き延びた少年が、ボートに青春を捧げ、編集者になるまで

本書は、半藤さん自身が自らの生涯を語った一冊です。物語は1930年、東京・向島に生まれた少年時代から始まります。彼は東京大空襲をかろうじて逃れ、雪国で鍛えられた日々を過ごします。そして驚かされるのは、青春のかなりの部分を「ボート」に注ぎ込んでいたことです。歴史の研究ではなく、川面を漕ぐオールに情熱を傾けていた若者だったのです。東京大学を出たあとは文藝春秋に入社し、編集者としてのキャリアを歩み始めます。そこで歴史の証言者たちと出会ったことが、のちの仕事の土台になっていきました。本書では、「週刊文春」「文藝春秋」の編集長を務めた時代の話から、退職後に遅咲きの物書きとして「歴史の語り部」になっていく道のりまで、五部構成でじっくりと語られていきます。歴史を「研究する人」になる前に、彼はまず歴史を「聞き取る編集者」だったのです。実際に時代を生きた当事者たちの肉声に若い頃から触れ続けたことが、のちに彼の昭和史を、教科書とはまるで違う生々しさで語らせる源になっていきました。一見すると歴史とは無縁に見えるボートの日々も、人の証言に耳を傾け続けた編集者の歳月も、ひとつとして無駄ではなかった——本書を読むと、その積み重ねの妙がじわりと伝わってきます。

遠回りこそが財産になる、と思えるようになった

この自伝を読んでから、自分の中の焦りが少しほどけました。以前は、何かを成し遂げる人は最初から一直線に進んでいるものだと信じ、回り道をしている自分を責めていました。けれど半藤さんは、ボートに打ち込んだ青春も、編集者として人の話を聞き続けた歳月も、何ひとつ無駄にせず、すべてをのちの仕事に注ぎ込んでいました。物書きとして本格的に花開いたのも、人生の後半になってからです。その歩みを知ってから、自分の経歴の脈絡のなさを「まだ実を結んでいないだけかもしれない」と思い直せるようになりました。電車の中でぼんやり過去を悔やむ時間が、少しずつ前を向く時間に変わっていったのです。

知らないままだったら、彼の本の重みもわからなかった

この本を読まなければ、私は半藤さんを「最初から完成された歴史家」と誤解したままだったと思います。半藤一利さんは『昭和史 1926-1945』『昭和史 戦後篇 1945-1989』で毎日出版文化賞特別賞を、2015年には菊池寛賞を受賞した、まさに昭和史の語り部と呼ぶにふさわしい人物です。その膨大な仕事が、回り道だらけの一生から生まれたことを知ると、彼の著作の一行一行がいっそう重く響きます。何かに焦っている人ほど、本書で確かめてみてください。

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