テレビは「わかりやすく正確なもの」だと思っていた
テレビの情報番組は事実を伝え、ドキュメンタリーは現実を記録する——そういう前提で映像メディアに向き合っていました。逆に言えば、「嘘」を使って作られた映像は「フィクション」であり、ドキュメンタリーとは相容れないものだという思い込みがありました。
ところが近年、「これは実際に起きたことなのか?」という疑問を持ちながら見続ける映像コンテンツが増えてきました。フェイクドキュメンタリーと呼ばれるジャンルが注目を集めていることは知っていましたが、「なぜ嘘を使うのか」「なぜそれで感動するのか」という根本的な問いに答えを持っていませんでした。
この本が、その問いに答えてくれました。
「放送禁止」から始まった愉快犯たちの闘い
本書によれば、日本のフェイクドキュメンタリーの端緒は2003年放送のテレビ番組『放送禁止』にあります。「実際の映像」として提示された内容が実はフィクションだったという構造は、当時のテレビ界に「分かりやすく正確であるべき」という常識への問いかけを突きつけました。
著者の戸部田誠(ペンネーム:てれびのスキマ)は、「わかりにくく、正しくない番組」を世に送り出してきた「愉快犯」たちの制作意図と闘いに迫っています。嘘の構造を使うことで、逆に「本物の感情」「現実の持つ不条理感」「人間の深いところにある恐怖や孤独」を描き出せるという逆説——それがフェイクドキュメンタリーが支持される理由です。本書にはさらに、2003年から2024年にかけてのフェイクドキュメンタリー番組年表も収録されています。ぜひ本書で確かめてみてください。
「嘘」と「真実」の境界線への見方が変わった
この本を読んでから、映像コンテンツを見る目が変わりました。以前は「事実を伝えるか、フィクションか」という二項対立で映像を分類していましたが、本書を読んでからは「どのような手法で、どんな真実を伝えようとしているか」という問いを立てるようになりました。
フィクションであることを自覚しながらも、見ている間に「これは本当にあったことかもしれない」と感じる体験——その感覚こそがフェイクドキュメンタリーの本質で、「リアルに見える嘘」が「リアルな事実」より深く感情に触れることがある、という事実を知れるようになりました。
「演じられた恐怖」が「本当の恐怖」より怖い理由
本書を読んで印象に残ったのは、「実際に起きた事件の映像より、フェイクドキュメンタリーの方が怖い」という感覚の説明です。本物だと信じている映像は「現実の怖さ」に留まりますが、「嘘かもしれない」という疑念が混じる映像は、「これが現実にもありうる」という想像力を引き起こします。その想像力こそが、フェイクドキュメンタリーを特別な体験にしているのです。
テレビ史を知り尽くした著者が案内する「映像の逆説」
テレビ評論家としてテレビの歴史と文化を長年記録してきた戸部田誠(てれびのスキマ)が、フェイクドキュメンタリーというジャンルの誕生と発展を丁寧に追った一冊です。映像メディアへの深い愛情と批評眼が、このジャンルの本質を照らし出しています。
この本を読まなければ、フェイクドキュメンタリーを「ただの嘘コンテンツ」として見過ごし続けていたと思います。