「法律とは難しい専門知識であり、権力者が市民を縛るためのルールだ」とずっと思っていた
法律は司法試験を受けるような専門家が扱うものであり、一般市民が深く関わる必要はないという感覚がありました。六法全書の分厚さを見れば、「これは素人が理解できるものではない」という先入観が生まれるのも自然なことです。また、「法律は守るもの」「法律に違反しなければいい」という受け身の意識があり、法律が自分の側に立つ道具になり得るとは思っていませんでした。
でも、「なぜこのルールが正しいのか」「この法律は誰のために存在するのか」という問いが、日常のいたるところで顔を出していました。不当な扱いを受けたとき、社会的な不公正を目にしたとき、「法的にはどうなのか」と問いたくなりながらも、その問いを深める言葉を持っていませんでした。
渡辺洋三著『法とは何か 新版』を読んで、その問いを受け取る準備ができました。
法の精神は「正義」であり、法は市民が権利を守るための道具だった
著者が本書の冒頭で語る言葉は明快です。「法の精神とは一言で言えば、正義である。法をまなぶ者は、正義を求め、正義を実現する精神をもたねばならない」。これは法律家だけに向けた言葉ではなく、法と向き合う市民すべてへの言葉です。
本書が描くのは、法が歴史的にどのように変動してきたか、そして現代日本の法システムがいかに「国民の権利」を守るための制度として設計されているかという全体像です。憲法が保障する人権の意味、国家と個人の関係、さらに国際法の視野まで——法を「上から押し付けられるルール」ではなく「正義を実現するための言語」として再定義していきます。特に印象的なのは、法の歴史的変動を追う章で、法が常に支配者と市民の力関係の中で作られ、変えられてきたという視点です。法は固定されたものではなく、市民が関わることで変えられるものだという認識が生まれます。本書にはさらに、日本社会の具体的な法的課題と、法を学ぶことの意味が詳しく語られています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
「法律は自分の話ではない」という感覚が根底から変わった
読む前と後で、日常の出来事への向き合い方が変わりました。以前は「法律に触れなければいい」という回避の姿勢でいました。でも今は、「この状況で正義はどこにあるのか」「この決まりは誰のために存在するのか」と問うようになりました。
具体的には、職場でのルールや社会制度の話題に接するとき、「それは正当なのか」という問いを持つようになりました。不合理な慣行を「仕方ない」として受け入れていた部分が、「これは問い直せる」という感覚に変わりました。法律を知らなくても、「正義」という軸を持つことで、物事への判断が変わります。
また、ニュースで法律や権利に関わる話題を見るとき、「誰の利益のためにこの法律があるのか」という問いを持つようになりました。以前は法律の話は専門家が語るものとして傍観していましたが、今は自分の問いとして受け取るようになりました。法は専門家だけのものではなく、市民が「正義とは何か」を問い続けることで意味を持つ——その感覚が、日常の見え方を変えました。
東京大学社会科学研究所の名誉教授が、法の本質を市民の言葉で語り直した
渡辺洋三(1921〜2006年)は東京大学社会科学研究所教授・所長を歴任した法社会学・民法学の第一人者です。学徒出陣でビルマ・タイに派遣された戦争体験を持ち、復員後に法学を修め、「法は正義のための道具である」という信念を生涯持ち続けました。その経験が、法を権力者のものではなく市民のものとして描く本書の視点の根底にあります。
この本を読まなければ、法律を「専門家のルール」として傍観したまま、法の精神が正義の実現にあるという本質と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。