少年犯罪はどんどん凶悪化し、増えていると思い込んでいた
残虐な少年事件のニュースが流れるたび、わたしは「最近の若者は危ない」「少年犯罪は年々増え、凶悪化している」と思い込んでいました。テレビのワイドショーが事件を繰り返し報じ、コメンテーターが眉をひそめる映像を見ていれば、そう感じるのも無理はありません。世論調査でも、少年による重大事件が増えていると答える人は七割を超えるそうです。そう感じるのは自然なことだと、わたしも疑いませんでした。けれど、その認識を持ったまま「少年法は甘すぎる、もっと厳しくすべきだ」と漠然と考えるたびに、自分が何を根拠に怒っているのか、よく分からない不安が残っていたのです。その足元のぐらつきに、はっきりと答えをくれたのがこの本でした。
統計が示すのは、少年犯罪のむしろ減少だった
本書が冷静なデータで示すのは、わたしの実感とは正反対の事実です。少年犯罪は長期的にはむしろ減少傾向にあり、検挙・補導される少年の数は戦後最低の水準にまで落ちている。人口比で見ても凶悪犯は減っている。残虐な事件が起きるたびにマスコミが大きく取り上げるため、さも年少者の事件が増えているように思えてしまう。けれど報道の頻度や事件の生々しさが「増えている」という感覚を作り出しているだけで、統計の数字はそれをまったく裏づけてはいないのです。本書はここで終わりません。そもそも少年法とはどんな仕組みなのか、刑事裁判と少年審判は何がどう違い、なぜ少年には独自の手続きと処分が用意されているのか。さらに諸外国は年少者の犯罪にどう向き合い、日本の少年法制はどのような特徴を持って生まれ、展開してきたのか。終章では少年法の改正問題と今後の課題にまで踏み込んで論じられています。厳罰か保護かという議論の前に立つべき土台が、ここに丁寧に置かれているのです。
「怒り」が「考える」に変わった
この本を読む前のわたしは、少年事件のニュースが流れるたびに反射的に怒り、「もっと厳罰を」と感じていました。けれど読み終えたいま、同じニュースに触れても、まず「これは全体の傾向のなかでどう位置づけられる事件なのか」と一歩引いて考えるようになりました。たとえば駅で見かけた中高生の集団に、以前なら漠然とした警戒を抱いたかもしれません。いまは、自分のその感覚が報道に刷り込まれたものではないかと、立ち止まって問い直せる。感情の波にそのまま乗るのではなく、統計という補助線を一本引いてから判断する。その習慣がついただけで、ニュースとの付き合い方が驚くほど落ち着いたものになりました。世の中に漂う「なんとなく怖い」という空気に、自分の頭でそっと距離を取れるようになったのです。
知らないままなら、雰囲気だけで裁いていた
この本を読まなければ、わたしは報道が作る雰囲気だけで少年法を裁き続け、根拠のない不安に振り回されたままだったはずです。著者の廣瀬健二氏は、横浜や東京の各裁判所で長年にわたり裁判官を務め、少年事件を実際に担当してきた人物です。さらに諸外国の少年法の現地調査も重ね、退官後は立教大学大学院法務研究科の教授として研究を続けてきました。少年審判の現場に立ち会った経験と、各国の制度を比較する研究の蓄積。その両方を併せ持つ著者だからこそ書ける、地に足のついた一冊です。自分も雰囲気だけで判断していたかもしれない、と感じた方にこそ開いてほしいと思います。