美術館で絵を見ても「きれい」「暗い」しか感想が出なかった
美術館に行くたびに、何か感じるべきだという焦りがありました。有名な絵の前で立ち止まり、「きれいだな」とは思う。でも「なぜこの構図なのか」「この色は何を意味するのか」「なぜ人々が何百年もこれを価値あるものとして伝えてきたのか」——そういう問いを立てる方法を知りませんでした。解説を読んでも「〇〇年の作品で〇〇様式の傑作」という説明が増えるだけで、絵そのものへの理解が深まる感じがしない。美術の「見方」とはどういうことなのかを、この本が初めて教えてくれました。
ファン・アイクの絵に「鏡」が描かれていた理由
高階秀爾が本書で最初に取り上げるのはファン・アイクの「アルノルフィニ夫妻の肖像」(1434年)です。この絵には奥の壁に小さな鏡が描かれており、その鏡の中に画家自身とみられる人物が映っています。なぜ画家はここに鏡を描いたのか——それは単なる装飾ではなく、「証人として画家がその場にいた」という法的・社会的な意味を持っていたことが明かされます。
本書ではファン・アイクからマネまで、油彩画の誕生から19世紀末までの15の名画を一枚ずつ丁寧に読み解きます。「なぜこの構図か」「何がどこに描かれているか」「当時の社会的文脈で何を意味していたか」——そういう視点で一枚の絵に向き合うことで、絵の前での体験が全く変わります。ルネサンス・バロック・ロマン主義・印象派それぞれの「見るポイント」については、ぜひ本書で確かめてみてください。
「きれい」が「面白い」に変わった
この本を読んでから、美術館での過ごし方が変わりました。説明文を読んでから絵を見るのではなく、絵そのものを「何が描かれているか」「なぜここにこれがあるか」という問いを持って読もうとする姿勢ができました。
フェルメールの光の扱い方に気づいたとき、カラヴァッジョの暗闇の使い方を感じたとき——以前は「なんとなくすごい」だったものが「これはこういう意図のある技術だ」として見えるようになりました。絵が「感じるもの」から「読み解けるもの」に変わる体験は、音楽や文学の理解が深まるときと似ています。知識が鑑賞を損なうのではなく、知識が鑑賞を豊かにする——それを最も素直に体感させてくれたのが、この薄い新書でした。
東大総長を輩出した西洋美術史の第一人者
高階秀爾(1932〜)は東京都生まれ。東京大学文学部美学美術史学科卒業後、フランス政府招聘留学生としてパリに留学し、ルネサンス以降の西洋美術史研究を続けました。東京大学名誉教授・国立西洋美術館館長・大原美術館館長を歴任。2002年には文化功労者に選ばれた日本を代表する美術史家です。本書は1969年の刊行で、累計82万部・50年以上読み継がれる西洋美術入門の大定番です。
この本を読まなければ、絵画の前で「きれい」「暗い」しか言えないまま、名画が持つ豊かな情報を読み取れずにいたはずです。「見方」を知ると、美術館での時間が全く変わります。
高階秀爾著『名画を見る眼』、購入はこちらから。