クラシック音楽は教養のある人のものだと思っていた
クラシック音楽というと、私はずっと、正しい聴き方や知識がないと楽しめない、敷居の高い世界だと思っていました。コンサートホールで静かに耳を澄ます、教養のある人たちの趣味。自分のような門外漢が軽い気持ちで近づいてはいけない領域だ、と。そう思って遠ざけているあいだ、街角でふと流れる美しい旋律に心を動かされても、「自分にはよくわからないから」とその感動を打ち消してしまう、もったいない癖がついていました。石田衣良著『モーツァルトのいる休日』は、その高い壁をあっさりと取り払ってくれました。
入口はモーツァルト、案内役は言葉のプロ
この本が魅力的なのは、案内役が音楽の専門家ではなく、言葉のプロである小説家だという点です。本書で石田衣良氏は、モーツァルトを入口にクラシックの垣根を下げ、気軽に接してよいのだと説いていきます。読者レビューでも、専門的でマニアックな解説ではなく、モーツァルトの楽曲そのもののように軽やかに、さらりと読ませる筆致が高く評価されています。本書は三部構成で、第一部では音楽との向き合い方や石田氏自身の音楽体験が語られ、第二部では氏が推すモーツァルトの名曲が紹介され、第三部では作曲家・加羽沢美濃氏との対談が収められているとされています。難しい楽典の話で身構えさせるのではなく、まずは「好きに聴いていいのだ」という安心感から始めてくれる。洋楽ポップスから音楽に入り、オーディオにも親しんできたという石田氏の聴き方は、専門教育を受けていない者の側に立っていて、その目線の低さが読み手をほっとさせます。本書はモーツァルト生誕二百六十年にあたる時期にまとめられた一冊で、なぜこの作曲家がこれほど多くの人を惹きつけてきたのかという問いにも、肩の力を抜いた言葉で答えていきます。記事で触れたのは入口の部分だけで、どの曲をどう味わうかという具体的な案内は、本書でさらに豊かに展開されます。
「わからない」を手放すと、休日の音が変わる
この本に触れる前、私は音楽を「理解しなければ楽しめないもの」だと思い込んでいました。読んだ後は、その肩の力が抜けました。休日の朝、コーヒーを淹れながらモーツァルトを流してみる。理屈や知識を脇に置いて、ただ旋律が部屋に満ちていく心地よさに身を委ねる――それだけで、いつもの何でもない時間が、少しだけ豊かな色を帯びるのです。家事をしながら、本を読みながら、あるいは何もせずただ窓の外を眺めながら聴く。そうやって生活の中に音楽を溶け込ませてみると、構えて聴くものだと思っていた頃には気づかなかった、軽やかで親しみやすい表情がモーツァルトにあることがわかってきます。正しく聴けているかを気にする代わりに、自分が何を心地よいと感じるかに耳を傾けるようになりました。音楽との距離が縮まると、日常のささやかな時間そのものが、味わい深くなっていきます。
壁を作っていたのは、自分の思い込みだった
この本に出会わなければ、私はこれからもクラシックを「教養のある人のもの」として遠ざけ、心を動かす旋律に出会っても、その感動を自分に許せないままだったと思います。著者の石田衣良氏は、『池袋ウエストゲートパーク』でデビューし、『4TEEN』で直木賞を受賞した小説家です。言葉で人の心を動かしてきたプロだからこそ、音楽の楽しみ方を肩肘張らずに伝えられるのでしょう。自分も「わからないから」と何かを遠ざけていないか――そう感じた方にこそ、ぜひ本書で確かめてみてください。