「作品とは完成したものだ」とずっと思っていた
芸術作品とは完成して初めて意味を持つと思っていました。構想の段階は単なる準備であり、ドラフトや失敗は過程のノイズに過ぎない。完成した作品が世に出て、初めてそこに芸術としての価値が生まれる——そういう考えを当然のように持っていました。だから「未完の作品」は、言い訳のような中途半端な存在に見えていました。
でも、それほど多くの傑作を生んだ人たちが、完成させることのできなかったものを抱えて生きていたという事実には、何か重要なことが含まれている気がしていました。それが何なのか、うまく言葉にできないまま過ごしていました。
武満徹・大江健三郎著『オペラをつくる』を読んで、その問いへの答えの一つが見つかりました。
二人の天才による「未完の構想」が、一つの対話的作品だった
本書は、武満徹がオペラを創ろうとしていた時期に、大江健三郎と重ねた数回の対談の記録です。音楽・文学・映画・演劇を飲み込む総合芸術としてのオペラに向けて、二人が具体的に構想を練り、却下し、また別の方向を模索し続けます。暗黒舞踏や鈴木忠志の舞台からインスピレーションを受け、そこに広い意味での「政治性」を盛り込もうとしていた——その構想の痕跡がページごとに残っています。
結局、この対談で語られたオペラは完成しませんでした。しかしこの本を読んでいると、その「完成しなかった」という事実が、むしろ二人の思考の運動を鮮明に見せていることに気づきます。アイデアが生まれ、ぶつかり合い、解体され、別の形を求める——その過程そのものが、二人の芸術観と世界観を最も濃密に映し出す場になっています。本書にはさらに、武満の音楽観、大江の小説と政治の関係についての考えが随所に展開されます。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
「創ること」への向き合い方が変わった
読む前と後で、自分が何かを作るときの構えが変わりました。以前は「完成させること」だけを目標にしていたため、完成に至らないアイデアは失敗として切り捨てていました。でも今は、構想の運動そのものに意味があると感じるようになりました。
具体的には、何かを考えるとき、その思考のプロセスを手放さずに残しておくことを意識するようになりました。完成しなかったとしても、その途上で見えたものは何かを教えてくれる。二人の巨人が未完のオペラを巡って交わした対話が、30年以上経った今も新鮮な思考の刺激として届いてくるのは、その構想の運動の質が高かったからです。完成作品だけが芸術ではない、という感覚が、自分の日常の創造的な営みにも影響を与えました。考えることそのものを目的にしてみると、行き詰まりを感じるたびに別の問いが開き始める——そんな体験が増えました。
ノーベル文学賞作家と世界的作曲家が、共に未知へ踏み込んだ記録
武満徹(1930-1996)は20世紀を代表する日本の作曲家で、映画音楽から管弦楽まで幅広い作品で世界に影響を与えました。大江健三郎(1935-2023)は1994年にノーベル文学賞を受賞した日本を代表する小説家です。二人がオペラという形式に共に挑んだこの対話は、それ自体が貴重な文化的記録です。
この本を読まなければ、「完成した作品のみに価値がある」という前提を疑わず、未完の思考が持つ豊かさを見落としていたでしょう。