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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

記憶力は、悪いほうがいい——脳研究者が論文から拾った逆説

科学論文は、自分とは無縁の難しい世界だと思っていた

科学論文と聞くと、専門家だけが読む暗号のような文章で、私のような素人には関係のないものだと思い込んでいました。日々のニュースで「最新研究によると」と紹介されても、見出しをなぞって終わり。けれど、そうやって科学を遠ざけているあいだ、自分の暮らしや体の仕組みについて、本当はもっと面白く知れたはずのことを取りこぼしているような、ぼんやりした物足りなさがありました。その隙間に、するりと入り込んできたのがこの本です。

平日100本、忙しい日は500本の論文から選び抜かれた話

本書は、脳研究者である著者が日々目を通す膨大な科学論文の中から、私たちの生活に関わりそうなものを選りすぐって紹介する一冊です。著者は習慣として平日でも一日100本、忙しい日には500本もの論文に目を通し、年間で5万本近くに触れるといいます。その膨大な海から拾い上げられたトピックが、どれも意表を突くのです。たとえば「記憶力は悪いほうがいい」という一見ぎょっとする話。覚えすぎないことにどんな意味があるのか、その理屈を知ると、忘れっぽい自分を少しだけ肯定したくなります。あるいは「外国語は母国語より論理的」という話や、タコの足に利き足があるという発見、猫がのどを鳴らす理由まで、話題はAIから生物の生態まで縦横に広がります。読者の中には「なかでも『無敵AIの攻略法』は必読」と挙げる人や、「遠くの敵より近くのライバル」という心理の研究に膝を打つ人もいて、「全編読みやすくて気軽に科学の世界に没入できる」「人間心理の複雑性に驚くばかり」という声が並んでいました。一本一本の論文について、著者は何が「すごい」のか、どこが新しいのか、それが私たちの暮らしにどう役立つのかを丁寧にほどいてくれます。だからこそ、難解な原典に当たらなくても、研究の面白さの核心だけがするりと手元に届くのです。本書には、ここで触れた以外にもアルツハイマー病の治療や母乳の意外な役割、幸福の条件をめぐる研究など、思わず人に話したくなる話がまだいくつも収められています。

ニュースの見出しが、急に立体的に見えはじめた

この本を読む前の私は、科学ニュースを「へえ」で素通りしていました。読んだあとは、見出しの裏でどんな実験が行われ、何が新しくて、どこが面白いのかを、自然と想像するようになりました。たとえば友人との雑談で「最近こんな研究があってね」と、タコの利き足の話を持ち出してみる。すると相手が身を乗り出してくる。あるいは物忘れを気にする家族に「記憶力は悪いほうがいいって説もあるらしいよ」と笑って返せるようになる。科学が遠い世界の暗号ではなく、日常の会話を彩る小さな手品のネタに変わったのです。世界の解像度が一段上がり、ニュースの一行がぐっと立体的に見えるようになりました。

知らないままでは、面白さの入り口を素通りしていた

この本に出会わなければ、私は科学論文を一生「自分とは無縁のもの」と決めつけたままだったはずです。専門家が膨大な情報の中から選び、面白さの核心だけを手渡してくれる——その案内役のありがたさを、読み終えて痛感しました。著者の池谷裕二氏は東京大学薬学部の教授であり、脳の研究を専門とする研究者です。第一線の科学者が毎日論文を浴びるように読むからこそ拾える、新鮮な驚きの数々を、ぜひ本書で確かめてみてください。

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