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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

戦争を裁いたのは法廷だけではなかった——文学が問い続けた罪の話

戦争の決着は、裁判で終わったものだと思っていました

戦争の責任は、東京裁判のような法廷で問われ、判決が下されたことで一区切りついた。私はそんなふうに、歴史の教科書をなぞるように理解していました。裁きが済めば、あとは過去として置いておけばよいのだと。けれど戦争を扱った小説や作品に触れるたびに、まだ何かが終わっていないような、言葉にならない引っかかりを感じていたのも事実です。その違和感の正体を、本書は静かに照らし出してくれました。

法が裁けなかった罪を、文学は問い直し続けてきた

本書が描くのは、戦争裁判が終結したあとも、日本文学がその問題を手放さずに向き合い続けてきた姿です。著者によれば、文学は法が裁けなかった罪を問い直し、戦争の暴力にくり返し向き合ってきたといいます。1940年代後半から現在に至るまで、戦争裁判をテーマにした主要な作品と作家を取り上げ、新たな文学史を描き出そうとするのが本書の試みです。川端康成や大岡昇平、遠藤周作、大江健三郎、松本清張、井上ひさし、村上春樹といった、時代を超えた書き手たちの作品がどのように戦争と裁きを見つめてきたのかが、章を追ってたどられていきます。第一章では東京裁判と同時代を生きた作家たちが取り上げられ、最終章では2010年代以降の現在へと話が及ぶといいます。同じ戦争という出来事をめぐって、ある作家は加害の記憶を、別の作家は裁かれなかった者の沈黙を見つめる。その視点の幅広さに触れると、文学がいかに多くの角度から戦争に向き合ってきたかが伝わってきます。法廷の判決という一つの答えのあとにも、文学は問いを閉じないまま抱え続けてきた。本書ではその流れが、それぞれの作品が生まれた時代の空気とともに、より踏み込んだ形で現代へとつながる道筋として描かれています。

一冊の見え方が、読書のたびに立ち上がるようになった

知る前の私は、戦争を扱った小説を、当時の出来事を伝える記録のように読んでいました。けれど読んだ後は、その作品が書かれた時代が、戦後のどのあたりに位置していたのかを意識しながら読むようになりました。同じ題材でも、終戦直後に書かれたものと、何十年も経ってから書かれたものとでは、問いの立て方がまるで違う。そう気づいてから、書店で戦争文学を手に取るとき、これは作家が何を裁こうとした一冊なのだろうと考えるようになったのです。たとえば学生時代に読み流していた一編を読み返したとき、その背後にあった作家の問いがはじめて立ち上がって見え、同じ文章がまるで違う重みを帯びて迫ってきました。一作ごとの背後に、長い問いの連なりが見えるようになり、読書そのものが立体的になりました。

知らないままだったら、過去を過去のままにしていた

この本を読まなければ、私は戦争の決着を法廷の中だけで完結させ、文学が担い続けた役割に気づかないままだったはずです。著者の金ヨンロンさんは、東京大学大学院で博士の学位を得た、日本近現代文学を専門とする研究者とされています。数多くの作品を丹念に読み込んできた書き手だからこそ、個々の小説を一本の文学史へと織り上げる視点を示せるのだと感じます。なお本書は特定の歴史的評価を断定するものではなく、文学が問いをどう受け継いできたかをたどる一冊です。戦争と文学の関わりを、もう一度問い直してみたい方に向きます。

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