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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

ヒーローが「正義の味方」でいられなくなった日

ヒーローは、わかりやすく悪をやっつける存在だと思っていた

子どもの頃に観たヒーローものは、単純で気持ちのいいものでした。悪い組織がいて、正義の味方が現れ、最後はきっちり勝つ。善と悪の線がくっきり引かれていて、誰を応援すればいいか迷うことはありませんでした。ところが大人になって最近の映画やアニメに触れると、どうも様子が違う。ヒーローが悩み、迷い、ときに自分の正しさそのものを疑い始める。あの爽快感はどこへ行ったのか。その違和感を抱えたまま新作を観ても、なぜかすっきりしない。この本は、そのもやもやの正体を言葉にしてくれます。

「多様性の時代」が、正義の輪郭をぼかしていた

本書が描き出すのは、ヒーローがかつてのように「圧倒的なマジョリティ=正義」を体現できなくなった、その理由です。著者は、ジェンダー、加齢、障害、新自由主義といった現代的な視点を補助線にしながら、アメリカと日本のポップカルチャーを横断していきます。たとえば『アイアンマン』を、共同体から離れた一匹狼のアメリカが正義を体現する物語として読み解いたり、『トップガン マーヴェリック』に中年男性の従属化した男性性を見出したりと、誰もが知る作品を思いがけない角度から解剖していくのです。かつて西部劇のヒーローは、共同体の外側からやってきて法に変化をもたらす存在でした。その「外部性」が成り立たなくなった現代では、ヒーローは自分の立つ場所すら見失っていく。価値が多様化し相対化された世界では、何が悪なのかすら見えなくなっていく——本書では『仮面ライダー』やプリキュア、エヴァンゲリオンまでを射程に入れ、全十章にわたってこの問いが粘り強く追いかけられます。一本の娯楽作品が、実は私たちが生きる社会の苦闘そのものを映していたのだと気づかされる瞬間が、何度も訪れます。

作品の見え方が、観る前から変わった

この本を読む前、私は映画を観終わると「面白かった」「いまいちだった」の二択で感想を済ませていました。けれど「このヒーローはどんな時代の不安を背負わされているのか」という視点を一つ手に入れただけで、エンドロールのあとに考えることが増えたのです。先日も配信で古いヒーロー映画を観ながら、なぜこの主人公は共同体の外から来るのだろう、と立ち止まってしまいました。物語の表面を追うだけだった時間が、その背後にある社会の地図を読む時間に変わっていく。一本の映画が、これまでの何倍も厚みを持って迫ってくる感覚があります。

古い正義の物差しのまま、新しい物語を観ていた

この本に出会わなければ、私は古い正義の物差しを当てて「最近のヒーローは煮え切らない」と文句を言うだけで終わっていたはずです。著者の河野真太郎は1974年生まれ、専修大学国際コミュニケーション学部教授で、イギリス文学とカルチュラル・スタディーズを専門とする研究者です。文化を社会の構造から読み解く手法を磨いてきた人だからこそ、誰もが娯楽として消費する作品の中に、時代そのものの苦闘を見つけ出すことができます。次にヒーロー映画を観るとき、あなたはきっと「これは何と戦っている物語なのか」と問い直したくなるはずです。その問いを携えてスクリーンに向かうだけで、見慣れた作品が見違えるほど豊かに語りかけてきます。スクリーンの向こうに広がる「正義のゆくえ」を確かめたくなったら、ぜひ本書で確かめてみてください。

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