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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

死後、私たちはどこへ行くのか——量子科学が宗教の領分に踏み込んだ

「『死後の世界』『魂の存続』というのは、宗教的な慰めの物語に過ぎず、科学的には何も残らない」とずっと思っていた

死については、科学的に考えれば「脳が機能を停止し、意識が消える」というのが冷徹な事実であり、それ以上のことは語り得ない——そう受け取っていました。「死後の世界」や「魂」「輪廻転生」といった言葉は、死を恐れる人間が生み出した宗教的な物語であり、科学とは別の領域の話だという感覚がありました。臨死体験や死者との不思議な邂逅といった現象も、「脳の錯覚」として処理してしまえば終わる話だと考えていました。

でも、近しい人を亡くした経験や、説明のつかない直観や夢の話に触れるたびに、「すべてを脳内現象に還元してしまっていいのか」というかすかな違和感が残っていました。科学と直観の間の埋まらない隙間を、言葉にできないままでいました。

田坂広志著『死は存在しない』を読んで、その隙間の正体がわかりました。

量子科学の「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」が、意識と情報の存続を科学的に語る可能性を開いていた

著者が本書で示す核心は、最先端の量子科学が提示する「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」を起点に、「死後も我々の意識的な情報は宇宙の場に残り続ける」という新たな仮説を科学的論拠から論じる視点です。ゼロ・ポイント・フィールドとは、量子場の最低エネルギー状態に存在する膨大な情報の場であり、現代物理学において議論されている概念です。著者は工学博士としての立場から、この仮説と古今東西の宗教的直観が驚くべき形で一致する可能性を丁寧に示します。

特に印象的なのは、「人は死によって『現実自己』から『深層自己』へと変容する」という著者の整理です。脳が機能停止すると、現実自己(自我)は消えるが、その人が生涯にわたって蓄積した情報はゼロ・ポイント・フィールドに記録され、より深い自己として存続する——これは宗教の慰めではなく、量子論的な情報保存の仮説として提示されます。輪廻転生・死者との交信・幽霊現象・運命的な出会いといった「説明のつかない現象」が、この仮説からどう説明可能になるかも論じられます。本書にはさらに、最古の宗教が示した直観と最先端科学が交わる地点が詳しく描かれています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。

「死は終わり」という前提が崩れ、生の意味への向き合い方が変わった

読む前と後で、死と生への向き合い方が変わりました。以前は死を「すべてが消える終点」として捉え、その手前で意味を作って生きるしかないと考えていました。でも今は、「自分が日々考え感じていることが、何らかの形で残り続けるかもしれない」という可能性を一つの仮説として持つようになりました。

具体的には、近しい人を亡くしたとき「もう会えない」という喪失感だけでなく、「その人の情報は別の形で存在しているかもしれない」という感覚を抱けるようになりました。また、自分自身の日々の選択や思索が「現実自己」だけでなく「深層自己」を形作っているという視点は、生きる姿勢を一段深くします。科学と宗教を対立として見るのではなく、両者が同じ地点で出会う可能性に気づいた感覚が生まれました。

東京大学工学博士・多摩大学名誉教授が、科学と宗教の境界で新たな仮説を提示した

田坂広志(1951年生まれ)は東京大学大学院で工学博士(原子力工学)を取得し、米国バテル記念研究所客員研究員を経て多摩大学名誉教授・シンクタンク・ソフィアバンク代表を務める研究者です。原子力工学という最も実証主義的な分野で訓練を受けた科学者が、量子科学の知見から「死後の意識」という最も語りにくいテーマに挑む本書は、科学と宗教を架橋する稀有な試みです。

この本を読まなければ、「死は存在しない」を宗教的な慰めの言葉として遠ざけたまま、最先端の量子科学が示す新たな仮説の重みと向き合う機会を持てないままでいたでしょう。

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