「PTAは保護者の義務だから、断れない」と思い込んでいた
子どもが学校に上がれば、PTAには入るもの。役員もいつかは回ってくるもの。私はそれを、避けようのない義務のように受け止めていました。働きながらの参加に押しつぶされそうになっても、みんなが我慢しているのだから自分も、と言い聞かせてきたのです。けれど心のどこかで、これは本当に逃れられないものなのかという釈然としない思いがずっと残っていました。その違和感に正面から向き合ったのが、川端裕人著『PTA再活用論 悩ましき現実を超えて』でした。
PTAは本来「任意加入」の団体だった
この本を読んで知って驚いたのは、PTAは本来、入退会が自由な任意の団体であり、加入や会費の納入を義務づける法的根拠は存在しないという事実です。著者自身が東京都内の小学校で副会長を務めた二年間の経験をもとに、この「悩ましき現実」を内側から描き出します。とりわけ印象的なのは、著者が「入退会は自由だ」と説明しても、役員ですら「聞いたことがない」「そんなはずはない」「そうは言っても現実は違う」と取り合わなかったという場面です。任意であるはずの組織が、誰もそれを知らないまま事実上の強制として回り続けている。当事者でさえ自分たちの団体の成り立ちを知らされていない、という事実そのものに、私は静かに衝撃を受けました。その構造の歪みが、生々しく浮かび上がってきます。それでいて著者は、PTAを単純に「なくすべきもの」として切り捨てはしません。父母と学校をむすぶ数少ない公的なつながりとして、なお意味を持ちうるからこそ、再び活かす道を探ろうとするのです。本書では、年間で役員にのしかかる膨大な時間の実態や、これからのPTAがどう変わっていくべきかという展望まで、より踏み込んだ議論が展開されます。PTAに少しでもモヤモヤを抱えている方は、ぜひ本書でその全体像を確かめてみてください。
「みんながやっているから」で思考停止しなくなった
この事実を知ってから、学校に関わる場面での私の身の処し方が変わりました。以前は何かを頼まれると、断る理由を探すこと自体がうしろめたく、反射的に引き受けては疲弊していました。平日の昼間に集まる役員会のために仕事を調整し、それでも「自分だけ抜けるわけには」と無理を重ねていたのです。今は、これは本当に義務なのか、それとも慣習なのかを一度立ち止まって考えられるようになりました。引き受けるにしても、納得したうえで自分の意思として関われるようになったのです。たとえば、できないことはできないと正直に伝え、その代わり自分にできる範囲はきちんと担う、という線の引き方ができるようになりました。「みんながやっているから」という言葉に押し流される代わりに、自分と家族の事情を正直に並べて判断する。その小さな主体性が、学校との関わりをずいぶん楽にしてくれました。
当事者として現場に立った書き手だからこそ
この本を読まなければ、私はこれからもPTAを逃れようのない義務だと思い込み、ただ消耗し続けていたはずです。著者の川端裕人は数々の作品を持つ書き手でありながら、自ら二年間PTA副会長として現場に立ち、改革を試みて壁にぶつかった当事者です。外から論評するのではなく、内側でもがいた人だからこそ書ける具体性と説得力がここにあります。PTAは入るのが当たり前、という前提を一度も疑ったことがない方ほど、ぜひこの一冊を手に取ってみてください。