発達障害の子どもが急増しているというイメージを持っていた
ここ数年で発達障害という言葉をよく目にするようになりました。学校でのサポート体制の話、職場での配慮の話、メディアの特集記事。それらに触れるたびに、発達障害を持つ人が急激に増えているのだという感覚が積み重なっていました。原因はスマホや食生活の変化かもしれない、育て方の問題が指摘されることもある——そうした断片的な情報が「真実」として頭の中で固まっていったのです。しかし、その理解のままでいると、当事者を見る目が知らず知らずのうちに歪む。岩波明著『誤解だらけの発達障害』を読んで、自分が抱えていた「なんとなくの理解」がいかに誤解に満ちていたかを思い知りました。
増えているのではなく「見えるようになった」だけだった
本書が最初に明かすのは、発達障害は「増えているのではなく、これまで見えていなかったものが見えるようになった」という事実です。以前は「変わった子」「天然な人」「ちょっとマイペースな性格」として処理されていた特性が、診断の精度向上と社会的認知の広まりによって「発達障害」として認識されるようになっただけだ、と著者は指摘します。
さらに本書が鋭く問うのは、なぜ今この時代に発達障害が「問題」として浮上しやすいのか、という点です。コンプライアンス重視・透明性を求める管理社会の出現によって、物事に柔軟に対処しにくいASD(自閉症スペクトラム障害)の特性を持つ人や、些細なミスが起こりやすいADHD(注意欠如多動性障害)の特性を持つ人が、これまで以上に「困った存在」として目立つようになった——本書ではそのメカニズムが具体的に説明されています。空気が読めない人を即座に「アスペルガー」と決めつける傾向や、薬物療法に対する一方的な批判など、メディアに溢れる誤情報についても正面から取り上げています。本書にはさらに診断基準や治療法についての詳細な解説もあります。ぜひ本書で確かめてみてください。
「理解している」と思っていたのが、最も危険だとわかった
発達障害について何となく知っているつもりでいた頃、私は「当事者への配慮」を語りながら、実は「変わった人」というフィルターを外せていませんでした。本書を読んでから変わったのは、その人の特性を「障害」としてラベルするのではなく、「どんな状況でつまずきやすいか」という具体的な文脈で考えるようになったことです。同じ職場の同僚への見方も変わりました。「なぜあの人はああなんだろう」という疑問が、「この環境がこの人の特性と合っていないのかもしれない」という問いに変わりました。人を見る解像度が上がると、不満や苛立ちが少し和らぎます。
著者は本書の中で、発達障害の診断が増えている現象の背景として、SNSやメディアによる「過剰な自己診断」の広まりも指摘しています。誰でも当てはまるような曖昧な特性の記述を読んで「自分もそうかもしれない」と感じることは、必ずしも問題の本質を把握したことにはなりません。一方で、本当に支援が必要な当事者が「みんなそんなものだ」と見過ごされ続ける危険も残っています。精神科の臨床現場で数千人と向き合ってきた岩波医師の視点は、どちらの方向にも偏ることなく、事実から出発することの大切さを一貫して示しています。「正しく知る」ことが、当事者にとっても周囲にとっても、最初の一歩です。
断片的な情報が「誤解」に育つ前に読むべき一冊
東京大学医学部を卒業し、昭和大学医学部精神医学講座の主任教授を務めた岩波明は、国内有数の発達障害専門医として長年臨床の最前線に立ってきた研究者です。昭和大学附属烏山病院では発達障害専門外来を牽引し、数千人規模の患者と向き合ってきた実績があります。その経験と知見から書かれた本書は、感情論でも美談でもなく、ファクトで発達障害を捉え直す一冊です。「なんとなく知っている」という状態が最も誤解を生みやすいと本書は教えてくれます。
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