「ひきこもりは本人の根性が足りないか、家庭の甘やかしのせいで、本人が決意すれば外に出られるはずだ」とずっと思っていた
ひきこもりという言葉を聞くと、「本人が外に出る決意をしないから続いている」「もっと厳しく接すれば動き出すはずだ」——そういう個人責任論で受け取ってきました。「甘えている」「親が悪い」という非難の言葉と、「頑張れ」「外に出ればなんとかなる」という励ましの言葉が同じ口から出てくる現実に違和感はあっても、それを言語化する枠組みは持っていませんでした。
でも、本人や家族がどんなに頑張っても解決しない、専門家が関与しても長期化する——その現実が、「個人の意志」では説明しきれないものを抱えている感覚はありました。「本人の決意」「家族の愛情」だけで解けない複雑な何かが、そこにある。
斎藤環著『改訂版 社会的ひきこもり』を読んで、その複雑な何かの正体が見えてきました。
ひきこもりは「個人の病理」ではなく、個人・家族・社会の3つのシステムが互いに絡み合って固定化した「システムの病理」だった
著者が本書で示す核心は、ひきこもりが「本人の意志の弱さ」「家族の甘やかし」「社会の冷たさ」といった単一の原因に帰せられる現象ではなく、個人・家族・社会という3つのシステムが相互に作用しあって、結果として動けない状態を維持してしまう「システムの病理」だという視点です。著者は精神科医として、思春期・青年期の精神医学を専門にひきこもり問題に長く取り組んできた立場から、「個人を治療する」だけでも「家族を変える」だけでも解決しない、システム全体への介入の必要性を論じます。
特に印象的なのは、「正論やお説教では解決しない」という著者の鋭い指摘です。「もっと頑張れ」「いつまでも甘えてはいけない」——こうした正論は本人を追い詰めるだけで、しばしば事態を悪化させます。家族は「正論を言う側」と「言われる側」の固定化した役割に閉じ込められ、関係性そのものが膠着していく。著者はこの「ひきこもりシステム」を解体するためには、家族の側の対応を変える必要があるとし、具体的な接し方・声かけ・支援の流れを提示します。第2部の実践編では、家庭内暴力への対処・治療の流れ・社会復帰までの段階が詳しく描かれます。本書にはさらに、ひきこもりと社会病理の関係・統合失調症等の精神疾患との鑑別・最新の支援情報が詳しく描かれています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
「正論で励ます」という反射的な反応を見直す視点が生まれた
読む前と後で、誰かが困難を抱えているときの向き合い方が変わりました。以前は相手の問題を見ると「こうすればいい」と正論で応じることが助けることだと思っていました。でも今は、「正論はしばしば追い詰めるだけで、関係性のシステムを変えることが先決」という視点を持てるようになりました。
具体的には、家族や友人がひきこもり・うつ・依存といった長期化する困難を抱えているとき、「叱る」「励ます」「説教する」という反応をいったん控えて、「相手と自分の関係システムがどう固定化しているか」を観察することから始めるようになりました。ひきこもりに限らず、長期化する人間関係の問題に対する見方そのものが、「個人の責任」から「システムの相互作用」へとシフトする感覚があります。問題を「本人の問題」と切り離すのではなく、「自分も含めたシステムの一部」として見る視点が、本書を通じて獲得できました。
筑波大学教授・精神科医がひきこもり研究の第一人者として20年の知見を更新した
斎藤環(1961年岩手県生まれ)は筑波大学教授として精神科医・思春期/青年期の精神医学・病跡学を専門とし、日本のひきこもり研究を牽引してきた研究者・臨床家です。1998年に発表され多くの当事者・家族に読まれてきた『社会的ひきこもり』に最新の知見と社会状況の変化を反映した改訂版である本書は、ひきこもり問題の出発点として位置づけられる古典の更新版です。
この本を読まなければ、ひきこもりを「本人の意志の問題」として遠ざけたまま、個人・家族・社会の3システムが絡んだ「システムの病理」と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。