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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

「やさしい人は思いやりがある人だ」という前提が、現代の冷淡さを見えなくしていた

「やさしさとは相手を思いやることであり、やさしい人は温かく関わる人だ」とずっと思っていた

やさしい人とは、困っている人に手を差し伸べ、他者の痛みに共感し、積極的に関わろうとする人だと思っていました。「やさしさ」という言葉は美徳の代名詞であり、やさしさがある社会は思いやりに満ちた社会だと信じていました。だから「やさしい人」と呼ばれることは、温かな人間関係の証明だと感じていました。

でも、「あの人はやさしいから何も言わない」という表現を聞くたびに、何かが引っかかりました。何も言わないことが「やさしさ」として通用する場面が増えていて、積極的に関わることよりも「干渉しないこと」の方が美徳とされているような感覚がありました。それが本物のやさしさなのか、何か別のものなのかが、うまく言葉にならないままでいました。

大平健著『やさしさの精神病理』を読んで、その引っかかりの正体がわかりました。

「やさしさ」は80年代に静かに変質していた

著者が精神科の臨床から明かすのは、1970年代以降、「やさしさ」の意味が根本的に変化したという事実です。70年代、やさしさはまだ他者との連帯を志向する言葉でした。しかし80年代に入ると、「沈黙を原則とする相互非介入」の形へと転じていきます。席を譲らないことが「かえって気を遣わせないやさしさ」として解釈され、好きでない相手と結婚を承諾することが「断ると傷つけるから」のやさしさとして語られる。黙り込んで返事をしないことさえ「やさしさ」の表れとして受け取られていく。

著者は患者との対話の中から、この変質が単なる言葉の変化ではなく、現代人の関係の在り方の変容を示していると明かします。本書にはさらに、この「やさしい関係」にひたすらこだわる若者たちの心理が精神科医の視点から深く分析されています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。

日常の「やさしさ」を疑う目が生まれた

読む前と後で、周囲の関係の見え方が変わりました。以前は誰かが「あなたのことを思って黙っていた」と言うと、それを素直に思いやりとして受け取っていました。でも今は、「その沈黙は本当に相手のためだったのか、自分が関わることを避けたかっただけではないか」という問いが浮かぶようになりました。

具体的には、職場で誰かが悩んでいるときに何も言わずにいる同僚を見て、以前は「デリケートな人だ」と感じていました。しかし今は、「それはやさしさの形をした無関心かもしれない」という見方ができるようになりました。問うことで傷つけるかもしれないという恐れと、純粋に相手を気にかけることの違い——その区別を意識するようになってから、関係の質への向き合い方が変わりました。

聖路加国際病院の精神科医が、時代の病理を臨床から問うた

大平健(1949年生まれ)は東京大学医学部卒の精神科医で、聖路加国際病院精神科に勤務しながら、現代日本人の心の変容を丁寧に記録してきた著者です。難解な精神医学用語を使わず、患者との対話から時代の変化を浮かび上がらせる語り口は、臨床の場からしか生まれない独自の視点を持っています。本書は1995年の刊行以来、心理・教育・社会学など幅広い分野で読み継がれています。

この本を読まなければ、「やさしさ」という言葉の変質を見逃し、冷淡さが美徳として通用する現代の関係性の問題を見ないままでいたでしょう。

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やさしさの精神病理 (岩波新書 新赤版 409) 大平 健 / 岩波新書 新赤版

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