リンカーンが奴隷を解放して、差別は終わった——そう習った気がしていました
アメリカ黒人の歴史というと、奴隷制があり、南北戦争があり、リンカーンが奴隷を解放して、めでたく一区切り——なんとなくそんな筋書きで記憶していました。けれどその理解のままだと、なぜ二十世紀にあれほど激しい公民権運動が必要だったのか、いまも人種をめぐる軋みが消えないのはなぜか、という肝心なところがどうにも説明できません。どこか歴史の糸が途中で切れているような、落ち着かなさが残る。その欠けた部分をつないでくれたのが、本田創造氏の『アメリカ黒人の歴史 新版』でした。
「解放」のあとに待っていた、再建と差別制度の章
本書を読んで知ったのは、南北戦争による奴隷制の廃止は終着点ではなく、むしろ新たな苦闘の出発点だったということです。本書の章立ては、植民地時代の奴隷制度から始まり、独立革命、南部の綿花王国、奴隷制廃止運動、南北戦争へと進みます。注目すべきはその先で、「南部の再建と黒人差別制度」という章が置かれている点です。戦争で法的な鎖は外れても、南部には新たな差別の制度が組み上げられていった。法の上では自由になったはずの人々が、再び別の形の壁に囲われていく。だからこそ、その後の近代黒人解放運動、公民権闘争の開幕、そして黒人革命へと、闘いは何世代にもわたって続いていったのです。本書はこの長い歩みを、合衆国独立前から現在に至るまで一本の線でたどります。プロローグの「アメリカ黒人とは」という問いから始まり、最終章では現在に至るまで、解放という言葉が一度の出来事ではなく、世代を越えて手渡されてきた課題であったことが浮かび上がる構成です。旧版以後の二十七年あまりの変化を見据えて大幅に書き改められており、一つの解放が次の闘いを生むという連なりが、続きを読みたくなる形で描かれています。
ニュースの背景が、急に立体的に見えるようになった
この本を読む前、私は海外のニュースで人種をめぐる出来事が報じられても、どこか遠い別世界の話として受け流していました。けれど読み終えてから、同じニュースに触れたとき、その背後に数百年分の歴史の層があることが見えるようになりました。なぜこの一件がこれほど大きく受け止められるのか、その重みの根が分かるようになったのです。たとえば抗議運動の映像を見ても、以前なら「また衝突か」と表面だけを追っていたのが、その怒りがどれほど長い時間をかけて積み重なってきたものかを思うようになりました。表面の出来事だけを追っていた頃には感じられなかった奥行きが、報道の一行一行に宿るようになったのです。海外の音楽や映画に込められたメッセージの重みも、その背後にある歴史を知ってから受け取り方が変わりました。歴史を知るとは、いまを見る解像度が上がることなのだと実感しました。
途切れた糸を、この一冊がつないでくれた
この本に出会わなければ、私は「奴隷解放で一件落着」という切れ切れの理解のままだったと思います。著者の本田創造氏は東京大学経済学部を卒業し、アメリカ社会・経済史を専門とした研究者です。その確かな視座で、長い苦闘の歩みを一望できるよう編まれたこの岩波新書は、現代を理解するための土台になります。ニュースの向こう側にある歴史を、ぜひ本書で確かめてみてください。