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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

あの名著が「読みにくい」のには、ちゃんと理由があった

古典が分からないのは、自分の読解力のせいだと思っていた

『学問のすゝめ』は誰もが名前を知る不朽の名著です。だからこそ、いざ手に取って読んでみて内容がいまひとつピンとこなかったとき、悪いのは自分のほうだと思いました。これだけ読み継がれてきた本がわかりにくいはずがない、理解できないのは教養が足りないからだ、と。古典を前にすると、いつもどこか気後れしていたのです。この引け目をそっと取り除いてくれたのが、橋本治さんの『精読 学問のすゝめ』でした。橋本さんは、そもそも原典の記述にはねじれや飛躍があり、わかりにくさを抱えていたのだと指摘します。読みにくかったのは、決して私だけのせいではなかったのです。

「政府」という言葉が、明治政府ではなかったという読み

この本で最も引き込まれたのは、福沢諭吉が繰り返し使う「政府」という言葉をめぐる橋本さんの読み解きでした。本書では、福沢のいう政府は、目の前の明治政府を指しているのではなく、福沢が思い描いた理想のあるべき政府のことだった、という解釈が示されます。だからこそ文章が一見ねじれて見えるのだ、と。さらに橋本さんは、原典がなぜここまで持って回った言い回しになったのかを、当時の時代状況から丁寧にほどいていきます。江戸時代の民衆は政治に関わることが一切できず、明治初期の人々にとっては、いまなら中高生でも知っている「議会」や「憲法」といった概念すら未知のものでした。その読者に何かを伝えようと福沢が苦心した跡こそが、あの読みにくさの正体だった。むしろ、わかっていない人々に向けてそこまで配慮して書けたからこそ、福沢諭吉は優れた文章家だったのだと、橋本さんは逆説的に評価します。本書では初編の肝となる一文一文を、時代背景とともにじっくり解きほぐしていきます。その精読の手つきは、ぜひ本書で確かめてみてください。

「わからない」を、相手の事情として考えられるようになった

この本を読んでから、「わかりにくい文章」への向き合い方が変わりました。以前の私は、読んで理解できない文章に出会うと、反射的に自分の頭が足りないのだと落ち込んでいました。仕事で難解な資料を渡されたときも、理解できない自分を責めるばかりだったのです。けれど橋本さんの精読を通して、書き手がどんな読者を想定し、何を伝えようと苦心していたのかを先に想像するようになりました。すると、わかりにくさの裏には書き手なりの事情がある、と見えてくる。先日も込み入った契約書を前に、これは誰に向けて、何を守るために書かれた文章なのかと考えてみると、回りくどい条文の意図が見え、構造がすっと整理できたのです。理解できないことを自分の頭の問題として抱え込むのではなく、書き手の事情として一歩引いて眺められるようになった。わからなさが、責めるものから解き明かす対象へと変わりました。

一文ずつ寄り添う読み手がいて、初めて見える景色がある

この本を読まなければ、私は古典を前にした引け目を抱えたまま、名著の入り口で立ちすくみ続けていたはずです。著者の橋本治さんは、小説から評論、古典の現代語訳まで幅広く手がけた書き手で、難解とされてきたテキストを独自の視点でほどく仕事を重ねてきました。福沢が生きた時代の空気まで含めて一文ずつ寄り添うその精読には、独学では決してたどり着けない奥行きがあります。名著を読み通せずに引け目を感じたことのある人ほど、この一冊に救われるはずです。

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精読 学問のすゝめ (幻冬舎新書) 橋本治 / 幻冬舎新書

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