人は生まれより育ちで決まる、と信じていた
人の能力や性格は、生まれつきではなく、その後の環境や努力で決まる。教育にお金をかけ、よい環境を整えれば、子どもの未来は開ける。私はそう信じて疑いませんでした。遺伝で何かが決まっているなどと言うのは、どこか時代遅れで、努力を否定する冷たい考え方だとさえ思っていたのです。ところが、その信念に立っていながら、説明のつかない出来事に出会うたびに、心のどこかが少しずつざわついていました。同じように育てられた兄弟がまるで違う道を歩む。手をかけても伸びない子と、放っておいても伸びる子がいる。その理由を、私はずっと言葉にできずにいました。本書は、その言葉にできなかった部分に、静かに光を当ててくれました。
環境の影響は、思っていたより小さかった
本書が突きつけるのは、最新の行動遺伝学が積み上げてきたエビデンスです。知能や性格の形成において、私たちが信じてきた「環境による影響」は、実際には想像よりずっと小さいというのです。読者レビューでも「遺伝と環境の影響で知能が形成されるのは周知の事実のはずなのに、環境の影響が私たちが思わされている以上に小さいとすると、教育にお金をかける営みの多くが意味をなさなくなってしまう」という、本書の核心を突いた声が寄せられていました。だからこそ、この事実は政治的に「言ってはいけない」ものとして扱われてきた、と著者は指摘します。本書ではさらに、現代を「知識社会」と定義し直すことで、遺伝と知能の差がなぜ今これほど深刻な社会問題を生むのかという、より踏み込んだ議論が展開されます。誰からも教えられてこなかった事実が、章を追うごとに積み重なっていく構成になっていて、その続きはぜひ本書で確かめてみてください。
人を見る目が、やわらかくなった
この本を読んでから、人を見る目が少し変わりました。以前は、うまくいかない人を見ると「努力が足りない」と心のどこかで裁いていました。自分自身に対しても、できないことがあると「やり方が悪いせいだ」と責め続けていたのです。けれど、生まれ持った傾向というものが確かにあると知ってから、その裁きの目がやわらいでいきました。職場で苦手なことを抱える同僚を見ても、まず「向き不向きがあるのかもしれない」と思えるようになりました。数字の扱いがどうにも苦手な後輩に、以前なら「もっと練習を」と言っていたところを、今は資料づくりの得意な仕事を任せてみる。すると本人も生き生きと力を発揮するのです。自分の不得手に対しても、無理に矯正しようとするのではなく、得意な場所で勝負しようと考えられるようになった。事実を知ることは、人を冷たくするのではなく、むしろ人に優しくなることなのだと、身をもって感じています。
知らないままなら、見当違いの努力を続けていた
この本を読まなければ、私はこれからも見当違いの場所で力を使い、人を不当に責め続けていたかもしれません。著者の橘玲さんは、社会の通念に最新の科学的エビデンスをぶつけ、タブーとされてきた領域を冷静に検証してきた書き手です。前作『言ってはいけない』に続く本書は、私たちが目をそらしてきた現実を、感情論ではなくデータで照らし出します。読むのに勇気のいる本ですが、その先には、人と自分をより正確に、そして優しく見つめ直す視点が待っています。