コンビニの外国人店員を「人手不足の穴埋め」だと思っていた
深夜のコンビニで、たどたどしい敬語で接客してくれる外国人店員。私は長いあいだ、彼らのことを「日本人が集まらないから雇われている人たち」と、どこかで一括りにしていました。挨拶を交わしても、その人がどこから来て、どんな事情でこの国にいるのかを考えたことはありません。けれど、レジ越しの数秒のやり取りのたびに、わずかな後ろめたさのようなものがいつも胸に残っていました。芹澤健介さんの『コンビニ外国人』を読んで、その違和感の正体がはっきりとわかりました。彼らは「穴埋め」ではなく、それぞれにまったく異なる物語を背負って、この国の夜を支えている隣人だったのです。
「移民は受け入れない」はずの国が、なぜ世界有数の労働者流入国なのか
本書が突きつけてくるのは、ひとつの矛盾です。日本は公式には「移民は受け入れない」という立場をとってきました。それなのに、本書によれば、いつのまにか世界でも有数の外国人労働者の流入国になっているというのです。その「カラクリ」の中心にいるのが、コンビニで働く留学生たちでした。彼らの多くは学ぶために来日していますが、その実態には、本書が「日本語学校の闇」と呼ぶ複雑な構造が横たわっています。たとえば、借金を背負わされて来日し、学費と生活費のために働き続けるしかない若者たちの姿が、丹念な取材を通して描かれます。著者は国内の取材にとどまらず、彼らの故郷であるベトナムやネパールまで足を延ばし、なぜ彼らがそこまでして日本を目指すのかを追っています。東大の大学院生から、いわゆるカラオケ留学生まで、ひとくくりにできない多様な事情が章ごとに掘り下げられていきます。同じ「コンビニの外国人店員」という見た目の裏に、これほど振り幅の大きな人生が隠れていたのかと、ページをめくるたびに自分の浅い理解を思い知らされました。本書ではさらに、技能実習制度の光と影や、彼らが日本で抱く「ジャパニーズ・ドリーム」の中身についても踏み込んで語られていて、私が知っていたのは氷山の一角にすぎなかったことがわかります。
レジ越しの数秒が、急に立体的な物語に変わった
この本を読んでから、私のコンビニでの時間は静かに変わりました。以前なら気にも留めなかった店員さんの名札の読みづらい名前に、ふと目がいくようになったのです。この人はどの国から来たのだろう、今日の昼間は学校だったのだろうか、と想像が働くようになりました。深夜二時のレジに立つ若者を見て、彼の故郷の家族のことを思うようになった、と言ってもいいかもしれません。世界が一段ぶん解像度を上げて、自分のすぐ隣に無数の人生が並んでいることに気づかされる。買い物という何でもない行為が、誰かの暮らしと地続きであることを実感する。レジで「ありがとうございました」と返ってくる言葉が、以前とはまったく違う温度で耳に届くようになりました。その感覚は、思った以上に日常を豊かにしてくれました。見慣れた街角が、急にたくさんの物語を抱えた場所に変わったのです。
知らないままだったら、ずっと隣人を素通りしていた
この本を読まなければ、私はこれからも彼らを「外国人店員」という記号のまま素通りしていたと思います。著者の芹澤健介さんは、テレビドキュメンタリーの構成や映像制作も手がけてきたノンフィクションライター・映像作家で、現場に足を運んで人の声を拾い上げる力に定評があります。だからこそ本書は、統計の数字と生身のインタビューが織り合わさり、マクロとミクロの両方から「いま隣にいる人たち」を見せてくれます。あなたの街のコンビニにも、語られていない物語を抱えた誰かが立っているかもしれません。