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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

「やりたいことを仕事に」——その言葉が、あなたを縛っている

「自己実現のために働く」を美しい言葉だと思っていた

「好きなことを仕事にしよう」「やりがいのある仕事を選べ」「仕事を通じて自己実現しよう」——就職活動の頃からこれらの言葉を美しいものとして受け取ってきました。やりたいことで食べていくのが理想で、内発的な動機で働ける人こそが輝いている、という価値観が心の深いところに根づいていたのです。でも、その言葉を信じて働き続けるうち、どこかでしっくりこない感覚が積み重なっていきました。「自己実現」という言葉で動機づけられながら、なぜかどんどん消耗している。そのねじれの答えを、榎本博明著『自己実現という罠』が明快に示してくれました。

「やりがい」という言葉で搾取が正当化されていた

本書の核心は、「内発的動機づけ」という心理学の概念が、経営の現場で悪用されているという告発です。内発的動機づけとは、外から与えられる報酬ではなく、仕事そのものへの興味や使命感から湧き出る動機のことで、本来は人間の創造性や主体性を引き出す豊かな概念です。ところが本書が指摘するのは、「これはあなたの自己実現につながる仕事だ」「使命感を持って働こう」という語りかけによって、長時間労働や低賃金が「やりがい」に置き換えられ、働く側が搾取に気づきにくくなるという構造です。

特に印象的なのは、「やりたいことが見つからない」と悩む若者たちへの眼差しです。本書では、学生の「やりたいことも、できることも、考えれば考えるほどわからなくなる」という率直な声が紹介されています。著者はこれを「自己実現幻想」と呼び、「やりたいこと」を見つけなければ社会人として一人前ではないという圧力が、若者を追い詰めていると分析します。仕事の目的は自己実現のみではなく、生活の糧を得ることであり、必要な労働条件を満たした上での働き方を主体的に選ぶことが本来の姿だ、と本書は訴えます。本書にはさらに、日本人が「使命感」や「人間関係」に縛られやすい心理的背景についても書かれています。ぜひ本書で確かめてみてください。

「やりがいを感じない自分」を責めるのをやめた

この本を読む前、仕事にやりがいを感じられない日が続くたびに「自己実現できていない自分は失敗している」という感覚が頭をよぎりました。でも本書を読んでから、その感覚が一変しました。やりがいを感じることができる仕事もあれば、そうでない日もある——それは当然のことであり、「毎日やりがいを感じるべき」という前提そのものが呪縛だったと気づいたのです。日常の中でも、キャリアの相談を受けるとき、「やりたいことが見つからない」と言う人を「まだ自分探しができていない人」として見る目が変わり、その言葉の背後にある社会的な圧力の重さをより丁寧に受け止められるようになりました。

心理学の専門家が、流行語の罠を解体する

東京大学教育学部教育心理学科を卒業し、大阪大学人間科学部助教授などを歴任した後、MP人間科学研究所代表として活動する榎本博明は、教育・産業・対人関係など幅広い分野で活躍する心理学者です。自己心理学とカウンセリングを専門とし、これまで200冊以上の著作を持つ多産な論者として知られています。心理学の正確な知識に基づき、「自己実現」という言葉の持つ魔力とその危険性を丁寧に解体した本書は、働き方を考えるすべての人にとって、軽く読めて深く刺さる一冊です。

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自己実現という罠 (平凡社新書0877) 榎本 博明 / 平凡社新書

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