進化が生き残らせたものは、すべて完璧なはずだと思っていた
自然界の生き物は、長い淘汰をくぐり抜けて、無駄のない最適な姿になっている。学校で習った進化のイメージは、ずっとそういうものでした。生存に不利な形質は容赦なく消えていくのだから、いま目の前にいる生き物の戦略は、さぞ巧みで合理的なはずだ、と。だからスズメバチにうまく似きれていない中途半端なアブを見ると、進化の失敗作のように感じていました。なぜ淘汰はこんな不完全なものを見逃したのか。その小さな引っかかりに正面から答えてくれたのが、鈴木紀之さんの『すごい進化 「一見すると不合理」の謎を解く』でした。読み終えるころには、自然を見る目盛りそのものが変わっていました。
まずいエサだけを食べ続けるテントウムシの謎
この本のハイライトの一つが、クリサキテントウというテントウムシの話です。彼らは、与えれば食べられる栄養のあるアブラムシがあるにもかかわらず、わざわざ捕まえにくく、まずく、しかも数も少ないという三拍子そろった割の悪いエサだけを選んで食べるように進化していました。どう考えても不合理です。ところが著者は、その原動力をエサ選びとはまったく関係のないところに見いだします。本書で示されるのは、近縁種のメスをうっかり求愛相手に選んでしまう「求愛のエラー」を避けるために、住む場所を変えた結果だ、という解釈です。聞くと突飛なようでいて、筋道をたどると不思議と腑に落ちてしまう。本書では、ハチに擬態しきれないアブや過剰に派手なクモなど、ほかにも一見不合理な生態が次々と取り上げられ、終盤では教科書にも載っていない最新の仮説にまで踏み込んでいきます。その仮説の中身は、ぜひ本書で確かめてみてください。
「無駄」に見えたものに理由を探す癖がついた
この本を読んでから、身のまわりの「無駄」に対する見方が変わりました。以前の私は、効率の悪いやり方や遠回りに見える行動を、すぐに改善すべき欠点だと決めつけていました。職場で非効率に見える昔ながらの手順があると、なぜこんなことを続けているのかと苛立っていたのです。けれどクリサキテントウの話を知ってから、まずその背景に何があるのかを考えるようになりました。実際に古い手順の由来を年配の同僚に尋ねてみると、かつて大きなミスが起きたあとに、二度と繰り返さないよう編み出された工夫だったとわかったことがあります。表面だけ見れば確かに非効率でしたが、その背後には消せない理由が埋まっていたのです。一見不合理に見えるものほど、見えていない事情と引き換えに成り立っている。そう思えるようになってから、ものごとを頭ごなしに否定することが減り、まず背景を知ろうとする余裕が生まれました。
若い研究者が、教科書の外側を見せてくれた
この本を読まなければ、私は進化を「完璧な最適化」と単純に思い込み、自然界の奥行きを見落としたままだったはずです。著者の鈴木紀之さんは、京都大学大学院で農学博士号を取得し、昆虫の進化生態学を専門とする研究者です。海外でも研究に携わってきた自身の経験と、国内外の最新の事例を交えながら、教科書や主流派の説明からあえて逸れた解釈を、素人にも届く言葉で語ってくれます。生き物の「無駄」や「不完全さ」に一度でも引っかかったことのある人ほど、この一冊に夢中になるはずです。