植物はただ静かに咲いているだけだと思っていた
道端の草花を見ても、私はそこに「生き方」があるなんて考えたことがありませんでした。植物は動けないのだから、ただ受け身に光を浴び、雨を待ち、運命に身を任せているだけ。そんなイメージを、ずっと当たり前のように抱いていたのです。けれど、季節ごとに同じ場所で確実に花を咲かせ、実をつける姿を見ていると、本当にそれだけなのだろうかという、ぼんやりした引っかかりも残っていました。動物のように逃げも隠れもできないのに、なぜ植物はこれほど長く生き延びてきたのか。その問いに目を向けることもないまま、ただ眺めていたのです。その違和感に答えをくれたのが、田中修さんの『植物学「超」入門』でした。
「光周性」という、植物が時間を測る仕組み
この本で印象に残ったのは、植物が「夜の長さ」を測って花を咲かせる時期を決めているという話です。本書では光周性というキーワードを通して、植物がただ気温や日差しに反応しているのではなく、季節の移り変わりを正確に読み取る仕組みを備えていることが解説されます。日が長くなったかどうかではなく、連続した暗闇の長さこそを基準にしているという点に、生き物としての繊細さがにじみます。動けないからこそ、いつ花を開き、いつ実を結ぶかというタイミングを一度きりの勝負として精密に計算している。受け身どころか、置かれた場所で生き残るための緻密な戦略の持ち主だったのです。さらに本書では、植物が動物に食べられないよう、とげや苦味、辛味といった化学的な防御をどう使い分けているか、自ら作り出す香りにどんな役割があるかにも触れられています。芽生えや成長、光合成、果実といったテーマごとに、植物が見せる驚きの工夫をキーワードから一つずつ読み解いていく構成です。動けないという制約を、植物がどう逆手に取っているのか。その続きはぜひ本書で確かめてみてください。
庭や散歩道が、観察の対象に変わった
この本を読んでから、植物への目線が変わりました。以前はベランダの鉢植えに水をやるのも半ば義務でしたが、今は新しい葉がどちらを向いて伸びているか、つぼみがいつ開きそうかを、つい確かめるようになりました。散歩の途中で見かける街路樹も、なぜこの季節にこの実をつけるのかと考えると、ただの風景が小さな観察の対象に変わります。葉をちぎったときに立ちのぼる匂いも、以前はただの草の匂いでしたが、今は虫を遠ざけるための植物なりの工夫かもしれないと思うと、見過ごせなくなりました。動かないものほどよく見ると面白い。そう気づいてから、毎日の通り道がほんの少し豊かになりました。
知らないままでは、足元の生命の知恵を見過ごしていた
この本に出会わなければ、私は植物を「ただそこにあるもの」として通り過ぎ続けていたはずです。著者の田中修さんは甲南大学で植物の生き方を研究してきた農学博士で、京都大学大学院を経てアメリカのスミソニアン研究所でも研究を重ねた専門家です。NHKラジオの子ども科学電話相談でも長年回答者を務めてきた書き手だからこそ、専門的な内容を誰にでもわかる言葉に変える力があるのだと感じました。動かないことは、何もしていないことではない。むしろ動けないという一点から、これほど豊かな工夫が生まれていたのかと、読み終えて足元の草を見る目が変わります。植物なんて地味だと思っている、という方にこそ読んでほしい一冊です。